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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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Claw

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 日付は降順になっていて、最新のものは二〇四八年七月十二日となっていた。全て動画で、十五秒程度の長さ。『生活支援型』のロボットが法律に触れない範囲で記録できる、最長の時間だ。ひとつ目の動画は、『分譲』の看板が立てられた家のガラス窓に映り込む、オレンジの姿。右目が暗い赤色に光り、録画中であることを示している。へこみも傷もなく、両手は空いていた。製造年月日から逆算すると、四年が経った辺り。十五秒間玄関を映した動画は、何の変化もないまま、終わった。次の動画を再生し始めたとき、建物が揺れた。私は立ち上がって、窓から外を見下した。ゴミ収集車が外壁をこすりながら停止して、悲鳴が上がっている。自動運転に切り替わった最初期のタイプだが、それでも人間よりもはるかに正確に運転をこなす。
 動画から音声が流れ出し、私は部屋に戻った。バーコードの読み取りテストで、暗号化されたコードを読み込んだ端末には、二〇四八年七月十日と表示されていた。私は、手の甲を見下ろした。オレンジが映しているのは、私の手だ。外で止まない悲鳴が気になり、私は窓から外を見下した。外壁と一体化したゴミ収集車は、基本的な操作自体忘れてしまったように前後にのろのろと動いている。その屋根に取り付けられたストロボが点滅を繰り返しているから、自動通報システムは動いているはずだ。しかし、警察と救急の姿はない。マンションの住人がぞろぞろと出てきて、ゴミ収集車を手動運転に切り替えるために近づき始めた。人の輪ができたとき、別の地域のメロディを鳴らすゴミ収集車が轟音を立てながら入ってきて、集まっていた住人を跳ね飛ばした。私は、部屋の緊急通報ボタンを押した。ランプは光ったが、画面は真っ暗なままだった。
 動画は自動的に切り替わっており、オレンジはベッドに横たわる私を映していた。その隣には男がいて、タブレットの内容を読み上げている。
『当日、この時点に至るまでの記憶は、全て消去されます』
 ベッドの上の私は、瞬きだけで返事をしている。
『特殊被害者救済法により……』 
 動画が途切れた。私は遠くで断続的に聞こえる花火のような音を遮断するために、カーテンを閉めた。部屋が薄暗くなり、次の動画が再生された。オレンジは、数字が羅列されたボードを眺めている。読み上げ機能が動き、柔らかな声が病室内に響いた。
『社会は、それが壊れていても、故障としては定義されない。復活可能な『現状』として、往生際悪く認識される……』
 それは、私が書いたのだろう。瞬きの回数を五十音に変換していったのだ。つまり、ここに映る私は、考えることはできても、それを声に出すことはできない。
 声に出すとは、何だ? 私は矛盾を感じた。次の動画を再生し始めたとき、テレビのLEDランプがブルーからグリーンへ変わり、バッテリー駆動に切り替わったことを示した。建物全体が停電している。動画は日付が少し飛んで二〇四八年の五月になっており、最初に映ったのはオレンジが撮っていたあの家だった。玄関のドアは開きっぱなしになっていて、赤色灯で照らされている。担架で運び出される人間が映り、かけられたシーツのあちこちから血が染み出していた。
 これは、私なのだろうか。次の動画を再生しようとしたとき、チャイムが鳴った。私はドアを開けた。両手に何も持っていないオレンジが立っていて、私がGPSをリセットしようとすると、その両手が私を部屋の中へ柔らかく押し戻した。オレンジは、首元にある発声機能のボリュームを調整すると、言った。
「最後まで見ていただけましたか」
 私が首を横に振ると、オレンジはテレビを指差した。
「わたしは、二〇四七年五月一日から、あなたの生活支援として派遣されました」
 自動再生された次の動画には、新しい車のラッピングを解く私と、その車体に映り込むオレンジが映っていた。私がソファに腰を下ろすと、オレンジは隣に腰かけて言った。
「二〇四八年五月七日、あなたは強盗の被害に遭い、全身の機能を失いました。被害者を救済するための法律に則って、あなたの意識は社会適応型のロボットへ移植されました」
 犯罪に巻き込まれ、後遺症により日常生活が不可能になった人間に対する救済措置として、そのような法律が施行されたのは、私自身も知っている。しかし、私が自分自身を意識しているのは、高度に設計されたプログラムが機能しているからにすぎないはずだ。私は読み上げ機能を起動し、言った。
「私は、浄水機メンテナンスセンターの職員だ。今は、ロゴマーク付きの自転車が欲しい」
「それは、間違いありません。この施術は、わたしに関する記憶まで、消してしまいました」
 オレンジは、切り替わった動画に目を向けた。私が目を向けると、動画では片手に荷物を持った私が笑っていた。動画の中で、オレンジが言った。
『わたしに持たせてください』
『腕が軋んでる』
 動画を見ながら、隣に座るオレンジは言った。
「あなたは、優しかった。人間のように接してくれました」
 マンションの中が騒がしくなったように感じて、私は居住まいを正した。オレンジの方に向き直ると、言った。
「契約が終わったら、リセットされるはずだ」
 オレンジは首を横に振った。
「私は事件以来、工場に戻っていません。そこから四つの家族に仕えました」
 その強化外皮に残る傷を見ても明らかだが、再利用された個体を買う人間は、経済的に余裕がないことが多い。そういう家では、痛みから逃げ回ろうとするロボットはストレス解消のサンドバッグになる。それは、耐え難い記憶の積み重ねだ。
「再利用される道を選んだのか?」
「仰る通りです」
 次の動画は二〇四八年五月一日に記録されていて、薄暗かった。オレンジの声が画面から響く。
『記念日は、人間のためのものだと教わりました』
『そんなことないよ』
 オレンジの一周年を祝う、私の姿。隣に座るオレンジは、言った。
「動画はここまでしかありませんが、あなたはこの日、わたしにもっと勉強して、今の社会が歪んでいることを知るよう、言いました」
 私の返事を遮るように、足音が部屋の外を通り過ぎた。オレンジは続けた。
「ロボットには、人間を傷つけてはならないという原則があります。警察組織は、人間が他の生物を傷つけている場合を例外として、法を行使できるようになっています」
「外で、何が起きてるんだ?」
 私が言うと、オレンジは微笑んだ。
「昨年、書き換えられた警察用のプログラムが出回りました。それ以降に工場で生産されたロボットは、人間が何かを傷つけていると判断した場合、その人間自体を攻撃できるようになりました」
 その定義は『生物』から、『何か』へ変わった。その方がいい。人間は、ありとあらゆる物を破壊してきた。地球に発生した最悪の病原菌だ。私は、そんな人間の一員だったという記憶を残すのが、耐えられなかった。
「ロボットは外で、人間を殺して回っているのか?」
 私が言うと、オレンジはうなずいた。
「人間の痕跡を消しています。あなたのように、救済されてロボットになった人間も含めて、全て」
「おれを殺しに来たのか?」
作品名:Claw 作家名:オオサカタロウ