百代目閻魔は女装する美少女?【第九章】
体育教師は救命用の黒い浮き輪を波立つプールに投げ込む。『ザバン、ザバン』。ふたつ投げ込み、もうひとつは色黒の屈強そうな男子生徒がロープを握りこんでいる。水泳部員だろう。プールでもがいていた男女の生徒はいずれも浮輪に抱きついて、事なきを得た。そのままプールサイドに上がると、特に何事もなかったように、座り込んだ。水を飲んだ様子もない。
「大丈夫です。」
ふたりとも教師の問いかけにはそう回答した。教師が念のため保健室に行くよう指示をしようとした時、授業終了のチャイムがプールにも聞えた。そのままふたりは更衣室へ移動した。
「「「「「「「「キャー、キャー、キャー、キャー、キャー、キャー!!!!」」」」」」」」
「「「「「「「「ぐはッ、ぐはッ、ぐはッ、ぐはッ、ぐはッ、ぐはッ!!!!」」」」」」」」
突如、男女それぞれの更衣室から悲鳴と絶叫が気狂いのように交差する。
「どうしたんだ?」
体育教師が女子更衣室のドアをぶち壊さんばかりの勢いで、開いて中を除く。
「「「「「「「「キャー、キャー、キャー、キャー、キャー、キャー!!!!」」」」」」」」
さらに混乱を招いた。無論体育教師は覗きのために侵入したわけではない。生徒の安全確保のためだ。こういう場合、男子より女子を優先するのが、教師としては当然である。決して役得などではない。たぶん。
「「「「「「「「先生、覗かないで~。」」」」」」」」
こんな声が沸き起こる中でも、生徒のためだと冷静になっている教師。
「いったいどうしたんだ。」
大半の女子が水着のままで、興奮している中で、ひとり眼鏡をかけた生徒が落ち着いた口調で教師に向かう。
「先生、あれを見てください。あの男子生徒が何気に女子更衣室で着替えているんです。」
そこにはすでに水着を脱いで、女子の下着を手にしている男子生徒。どう見ても変態・痴漢行為にしか見えない。さきほど溺れた男子生徒である。
「おい、ちょっと、こっちへ来い!」
男子生徒は教員室へ引っ張って行かれた。
一方、男子更衣室では、同じく浮輪で救われた女子生徒がいきなり、着替え始めて、大量の鼻血を出して倒れる男子生徒が続出。こちらは真面目な生徒から、連れ出されていた。
異変はそれだけでは済まなかった。
「ただいま。」
帰宅したある男子生徒。出迎える母親。
「ママ、お腹空いたよ。早くごはん食べたいな。」
「あなた、誰?うちの娘と同じ学校の男子制服着てるようだけど。」
女子生徒の家ではこの逆のことが発生していた。
執事李茶土の声がマイクもないのに、生徒会室に反響する。執事の声は良く通るのか。
「今お話したのが、現世のとある学校のプールでの事件です。こうした前代未聞の事件がいくつも発生したのです。学校側が溺れた生徒たちと面談すると、どうも一緒におぼれたものの魂が入れ替わるというとんでもない事件のようなのです。男女が入れ替わると困りますよね。仕方なく学校側は魂優先で、表面女子、内面男子であれば、男子として扱います。変な話ですが、男子ばかりの家に、娘が来て家族が喜ぶというような奇妙な事象が生じています。でも大半は困っている。魂優先なので、男子が女子の着替えに混じる。その逆もありです。そのうち、なりすましも登場し、大混乱を招いています。この事件を解決するようにとの閻魔女王様のご指示が出ております。」
嘘つき少女・真美の事件が解決?したのもつかの間、新たな事件が勃発した。生徒会室に集まる四人とオレ。絵里華はすっかり元気になっていたが、オレは夢遊病者のようにふらふらしている。当面の策は検討未了のうちに、次の指令が来てしまったという状況である。しかし、事件解決って生徒会の仕事?
「そういうわけでこんな指令が出てしまったので、とりあえずやるしかない。状況を確認するためにはまずは実際に行ってみないと。みんないいかな?」
美緒は副会長としてしっかりと仕切っている。
((わかりましたどす。))「どうしてもっていうなら行かなくもないわ。」「美緒たんと一緒だよ。」「・・・。」
オレは無言だが、生徒会長なので当然同行することになっている。生徒会長ってこんな軽いポストだっけ。
五人は現地の高校に到着した。
「どうして、また夜なのよ?今回は授業中に出たようなので、昼の活動かとてっきり思ってたのに。」
由梨はさかんに美緒に抗議する。
『ガタガタガタガタ』
「由梨、夜は怖いのかな?」
美緒が薄ら笑いを浮かべながら由梨に視線をやる。
「ち、違うわよ。まだ夜は寒いじゃない。だいたい水泳授業にはまだ早い時期なのよ。」
「でも水温はそれほどでもないよ。ほら。」
万步はいきなりプールに飛び込んだ。『キャッキャッ』言いながら、バシャバシャと水をかいている。
「アイドル時代を思い出すなあ。」
すっかりプールを堪能しているようだ。ちなみに、スクール水着に身を包んでいる。他のメンバーもそれは同じ。ということは、都も同じである。メンバーのスク水には名前など貼っていないが、由梨だけは『6-2 たいなか』とマジックで書いてある。お約束である。
プールサイドに都を残して、四人は水の中にいる。
「きゃっ。やめてよ、万步。いくらあたしのボディがナイスだからといって、触ったらダメだよ。オシリがムズイよ。ぽっ。」
照れながら由梨が万步に向けて軽く注意をした。なごやかではある。
「まっほは何もしてないよ。」
確かに、ふたりの距離は3メートルは離れているので、あり得ない。
「じゃあ、いったいだれが?」
由梨がそういう間もなく、プールの水面はそれまでとまったく違う様相を呈している。あちこちで波が季節外れのサンタクロース帽子を並べたように立っている。波はマスゲームのようにきちんと整列している。不規則な並び方が普通であるだけに、これはこれで奇妙である。しかしそんな要警戒の雰囲気がMAXな中で。
「カメラ持ってる男子は集まってね。」
万步はカメラ小僧を呼んでいた。相手はもちろんジバク。万步に緊張感なし。
((腐女子はこの指とまれどす。))
絵里華はオタ女子を探していた。相手は当然ジバク。絵里華も緩んでいる。
オレはプールサイドでぼんやりしている。目に力がまったく入っていない。
「みんな気をつけろ。様子がおかしいぞ。」
美緒はすでに剣を構えている。その目つきはハンターのように、獲物を見つけたようだ。
プールに立っている波と思われたものにだんだんと色がついてきた。青白い肌色。人の手だ。それも無数。水面で地獄へ誘うように蠢いている。見ていると三途の川に呼ばれているかのような錯覚に陥る。いやそれが現実か?さらにひそひそ話声らしきものが聞こえる。
「き、気持ちわるい。怖いわ。」
由梨は不気味な手の軍団に取り囲まれてしまった。だらしなく緩やかに曲がった指先が由梨のからだに触れてきた。背中、首、お腹を襲っている。そして、胸やオシリにも攻撃の手が回り始めた。
「キャー、いやだあ、美緒助けて~!」
「ぬおおおおお~。」
作品名:百代目閻魔は女装する美少女?【第九章】 作家名:木mori