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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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Ravenhead

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 霧鞘は眉を曲げながら笑った。三人で歩き出してしばらく経ったとき、個人商店が並ぶ路地の前で、将吉は立ち止まった。門森が手を差し出しても動こうとせず、将吉がお菓子の袋を持っていることに気づいた霧鞘が二人の手を引き、違う道を歩き始めた。
「十野くん、ワルやね。そのお菓子、盗んだやつでしょ」
 霧鞘が言い、門森が目を丸くして将吉を見下ろした。将吉はしばらく無言で歩いていたが、ほどなくして観念したようにうなずいた。
「反省してます」
 霧鞘は空に話しかけるように、宙へ笑顔を向けた。
「お店の人に、ごめんなさーいって念じて。んで、食べよう。あ、ひとり用やった?」
「ぜんぜん、そんなことないです」
 罪の意識を共有する相手をようやく見つけたように、将吉は『ごめんなさい』と呟くと、ポテトチップスの袋を開けた。霧鞘と門森に一枚ずつ渡し、十野は自分の分を掴むと、二人と同時に食べ始めた。霧鞘は口元を手で押さえながら、目を細めた。
「んー、罪の味」
 十野家の前まで来るころには、ポテトチップスは空になっていた。セドリックのボンネットの上で丸まっている猫を見つけた霧鞘は、目を輝かせながら門森をつついた。
「杏樹、猫。猫、おる。やば、めっちゃかわいい。地蔵みたい」
 将吉は、緩やかなカーブを描く猫の背を、軽く撫でた。
「キジトラって言うんですよ。母さんが世話してました」
 唐突な過去形に、霧鞘は息を呑んだ。門森が言った。
「今は、十野くんが世話役?」
「うん、おとんも。このボロい車、うちのなんです。ほんまは、もっと速い車に乗ってほしいんですけど」
 埃こそ浮いていないが、塗装はあちこち色褪せている。霧鞘は品評会の審査員のように顎に手を当てると、言った。
「風味ってか、味があるよ。歴史あり、みたいな。でも、速い車に憧れるのも分かるなー」
 門森は改めて、二人が交わす視線に注目した。霧鞘の言葉は、将吉の心まで何の障壁もなく届くようで、その顔は和やかな笑顔に変わった。将吉はその表情のまま、ぐるりと首を回した。階段をとんとんと降りてくる足音。霧鞘と門森が顔を向けて、その背の高さに驚いたとき、スーツ姿の勝夫は将吉に言った。
「おー、お帰り」
「ただいま。迷子になったん、助けてもらった」
 将吉が言うと、勝夫は気まずそうに頭に手をやり、霧鞘と門森に向かって頭を下げた。
「親切にどうも、ありがとうございます。ほんま、全然言うこと聞かんのですわ」
「なんも言われてないし」
 将吉が言い返し、霧鞘が笑った。門森が、真顔と笑顔のちょうど中間ぐらいの表情で視線を泳がせていると、霧鞘は言った。
「キジトラさん、紹介してもらったんですよ。ほんま可愛くて。飼ってはるんですか?」
「いや、野良なんですけどね。なんやろ、この界隈で飼ってるみたいな感じです。朝と夕方は来ますね」
「昼は違うとこに行くんですか?」
「いやー、ボンネットで寝てますね」
 勝夫の少し迷惑そうな表情に、霧鞘は笑った。
「もう、飼ってるような感じですね。わたし、この子をまた触りに来たいです」
 勝夫はキジトラの方を見て、うなずいた。
「もちろん、いいですよ。この辺の人じゃないですよね?」
「モールの北側に住んでます。霧鞘っていいます」
 霧鞘は姿勢を正すと、頭を下げた。門森も同じように頭を下げ、言った。
「門森です」
「最近の人は、礼儀正しいね。十野です、よろしく。ほな、ちょっと仕事があるので」
 勝夫が商店街の方向へ歩いていき、将吉が階段を上がっていく途中で振り返ると、霧鞘と門森に言った。
「ありがとうございます」
「またね、ばいばーい」
 霧鞘がそう言いながら手を振り、門森も同じように手を振った。商店街を通って、ショッピングモールの中に入ったとき、門森は言った。
「真由、保母さんとか向いてそう」
「かな?」
 言いながら、霧鞘は名残惜しそうに、南側の住宅地を振り返った。
     
 持ち主が自ら運転するレガシィの挙動は素直そのもので、島野がハンドルを握ったときとは別の車のようだった。海知はシフトレバーを忙しなく操作しながら、港湾地区の中でも特に法律が通用しない『滝岡産業道路』に入った。その一角に手書きで『整備・解体』と書かれた看板があり、入口を示す矢印が逆向きに書き直されているのは、オーナーがタイ人で、右側通行の癖が抜けずに右向きの矢印を書いたからだった。薄いブルーに塗られた鉄製の門は閉まっていたが、海知がレガシィの鼻先で押すと、車両の出入りを示すランプが光り、中から足音が近づいてきて、門が引き開けられた。二十代半ばの、ワチャラポンという名前の男で、海知は縮めて『チャラ』と呼んでいる。レガシィをヤードの中に停めた海知が運転席から降りると、チャラは顎ひげを撫でながら言った。
「アキラさん、こんちは。島野さんも、久しぶりです。どういう風の吹き回しで」
 チャラは、日本語を本から学んだ。古典に触れすぎて、言葉遣いが時代を飛び越えて混ざり合う傾向にある。海知は、事務所の前に置かれた二脚の椅子と、テーブルの上に置かれたオセロの盤面を見て、言った。
「勝負の途中やったか?」
「まー、そうですね」
 もうひとりの従業員は、チャラと同じ二十代のトンチャイという名前の男で、そのままトンチャイと呼ばれている。仮設トイレから腹を掻きながら出てきたトンチャイは、人懐っこい笑顔を浮かべながら一礼し、チャラが見ていないことを確認すると、盤面の石を少しだけ自分の側にひっくり返した。海知は財布を取り出し、一万円札を五枚抜くと、言った。
「パジェロ貸して。つーか、使いたい」
「それは、どんな大層な事情で?」
「殺す」
「毎度あり」
 チャラは、海知の手から五万円を取ると、事務所に中にいったん消え、鍵を持って現れた。
「軽油ね」
「はいよ」
 海知は鍵をポケットにしまうと、歩き出した。会話から完全に取り残された島野は、後を追うように歩きながら言った。
「海知さん、何をしてるんです?」
「何って、何が? 何?」
「いえ、パジェロ貸してって。どうするんですか?」
 チャラの工場は、強盗で使う車が作られて、廃棄される場所だ。物件の下見もしていなければ、当面その予定もない。二段積みにされた軽自動車の山を抜けて回り込んだ海知は、砂利の上に無造作に停められた、九十五年型のパジェロの前に立った。ドアが三枚のショートタイプで、全体が艶消しの黒に塗られている。その異様な見た目に、島野は思わず言った。
「こんなん、あったんですね」
「チャラが半年前に仕上げた車や。この塗料は、全く光を跳ね返さん」
 ラダーフレームから飛び出した鋼材の前には、鉄製のバーが一本渡されていて、バンパーを守るガードのように、横一文字に突き出している。島野がその鋼材に触れたとき、海知は言った。
「呼び名を覚えろ」
「なんですか?」
 島野が聞き返すと、海知は少しずつ色づいてくる夕焼けを眺めながら、言った。
「ハードコアあおりスペシャル」
      
作品名:Ravenhead 作家名:オオサカタロウ