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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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Ravenhead

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 タガメは、自分の手先の器用さを、家庭科の授業で知った。小学校時代で、それこそ半世紀前のことになる。針に糸を通せず泣き出す同級生もいて、最初の授業が大騒ぎだったことを、よく覚えている。タガメが何度試しても、一発で針は通った。手が全く震えないと言って、先生は褒めた。タガメはリュックサックを背負って、夕焼けに染まる川沿いを眺めた。生まれ育ったのはもっと西の地方で、田舎だった。人が元々いなくてがらんとした光景を見ても、何とも思わないが、それなりに栄えた町で人がいない場所というのは、寂しく感じる。タガメは河川敷に下りた。時計職人を四十年に渡って続けてきた。当時は、悪癖を生かす唯一の手段で、町に出る時間が取れないから、自分を保つのに好都合だった。さほど暮らしに困らなくなってからは、仕事と悪癖の比率が半分ずつほどになり、その生活が二十年ほどつづいた。しかし、もう終わりだ。警官が、犯罪者と同じやり方で、犯罪者を狩っている。特に朝戸家は、孝太郎が刑事だった昔から、いい噂がなかった。今は滝岡地区で警らをやっているが、あの地区ですら、朝戸家の強引なやり方を持て余すに違いない。タガメはベンチに座って、夕焼けを眺めた。火がつきはじめたら、場所を変える。それが直接自分に関係のないことでも。住宅地に近い場所で、ああやって死体が上がるのは、異常だ。自分が育った、はるか西にある小さな田舎町。そこの祭りで、先輩からスリのやり方を教わった。数十年思い出しもしなかった記憶が、鮮明に色づいて頭に浮かんでいる。数分、座ったままだったが、タガメは意を決したように立ち上がり、河川敷から川沿いの道路に上がるコンクリート敷きの道路を歩き始めた。車両通行禁止と書かれたポールの反対側にシルバーのハイエースが停まっていて、タガメがそれに気づくのと同時に、河川敷から上がってくるバイクのエンジン音が一段高くなった。
 タガメが足を止めたとき、ハイエースの傍に立つ浩義が言った。
「乗れ」
 反対側に逃げようと振り返ったとき、ブルーのヤマハXJRが道を塞ぐように停まり、ヘルメットのバイザーを開けた里緒菜が言った。
「乗って。マジで」
 ハイエースの後部座席はがらんとしていて、スロープのような板が置いてある以外は、簡素なベンチシートすら畳まれていた。タガメは居心地悪そうに尻の位置を調整すると、浩義に言った。
「あのライターは、どっかいってもうたわ。迷惑料でんな」
 浩義は答えることなく、バックミラーをちらりと見た。里緒菜のバイクが後ろをついてきている以外は、車の姿はない。橋を渡り、車両通行禁止のポールがない反対側の河川敷に下りると、完全に死角になる橋の真下まで来て、浩義は運転席から降りた。すぐ後ろで里緒菜がヘルメットを脱いでバイクから降り、言った。
「歩きで戻るん?」
 浩義はうなずくと、里緒菜の目を見て言った。
「殺すなよ」
「よう言うわ」
 里緒菜は、笑いながらリアハッチを開けた。メンテナンススタンドを下ろすと、浩義に車体を支えるよう目で促し、スタンドを足で起こして、XJRの後輪を浮かせた。エンジンをかけると、タガメに言った。
「こっち来て」
 タガメが言われたとおりにハイエースから出ると、里緒菜は布団を折りたたむように足でタガメの膝を折らせ、跪かせた。浩義はハイエースに乗り込み、少しだけ車体を下げた。リアバンパーとバイクのタイヤの間に挟まれたタガメは、ようやく逃れようとしてもがき始めたが、里緒菜は笑った。
「タイヤ新品なんよ。正直にお願いね」
 里緒菜はギアを一速に入れると、クラッチを握り込む手を緩めた。タイヤがのろのろと回り、そのざらざらした表面が、タガメの頬をこすり始めた。
「ちょっとずつ速くなるから。分かった?」
 里緒菜は一旦ニュートラルに入れ、タイヤの回転を止めた。準備が整ったことを確認して、浩義は言った。
「ほな、頼むわ。何か分かったら、連絡くれ」
 まだ終わってもいないのに、後味の悪い休日。春香と浩太を家まで送り届けて、また夜中に戻ってくることになるだろう。浩義は河川敷の階段を上り、家までの道を歩き始めた。
      
 竹田家の夕食は、高雄が定時で上がったときのみ、七時に三人が揃う形で始まる。今日は久々に定時退社の日で、課長になって残業代もつかないのに、結局他の課員に付き合って残る羽目になることが多いという、高雄の不満がやや和らぐ日でもあった。コテツは克之の足元をうろついていて、あゆみはその行動に目を光らせている。男二人が甘やかすから、あゆみが厳しくするしか、コテツを制御する方法はない。先月、勢い余って花瓶を倒したときも、コテツは短く鳴きながら、まず克之に報告した。あゆみが叱ろうとしても克之の傍を離れないから、口調はどうしても柔らかくなってしまう。高雄が小さなボールを掴むと、言った。
「コテツ」
 耳が動き、高雄がボールを投げたリビングの方向へ駆けだすと、コテツは前足でボールを蹴飛ばしながら遊び始めた。食卓の話題は、克之の学校での話が多い。聞いていて思うのは、昔の小学三年生とは比べ物にならないぐらい、克之が一日に得る情報は多いということ。高雄が小学生のころは、何かを表現するのに鉛筆以外の選択肢はなかった。今はタブレットを使う授業がある。
 新しいワインを開け、食事が半分ぐらい進んだところで、あゆみが言った。
「克之、ないとは思うけど。商店街のほうには寄り道せんでね」
「うん。寄らん」
 あゆみは、朝のニュースを見るなり、高雄にメッセージを送った。深い眠りに就いていてサイレンは聞こえておらず、高雄はそれを思い出して笑った。
「お母さん、あのサイレンで起きんかったな」
「なんかフワーンって鳴ってたんは、聞こえてたよ」
「ほんまかいな」
 言いながら高雄がビールをひと口飲むと、克之が言った。
「あの辺って、十野さんの近く?」
「近いね。あいつからは連絡なかったな」
 高雄が言うと、あゆみは肩をすくめた。
「昼夜逆転やもんね、十野さんとこは」
 言いながら、あゆみは若いころに十野夫妻と四人であちこち遊び回ったときのことを、思い出していた。お気にいりは串カツ屋で、話題は尽きなかった。今は、『事件が起きる側』と、『それを怖がる側』に分かれてしまっている。買い物をする店も違えば、暮らしぶりも違う。何より、かおりが事故で亡くなってから、大きく変わった。
「そういや、再生回数どうなった?」
 高雄が言うと、克之は居間に置かれたノートパソコンの方をちらりと見て、言った。
「一万回超えたよ」
「おー、上出来やね」
 高雄とあゆみは同じタイミングで言い、顔を見合わせて笑った。コテツは頭が良く、猫にしては『付き合いのいい』方だ。自分に要求されていることを、猫なりに解釈し、理解しているように見える。先週アップロードした動画は、定期健診のためにキャリーバッグを出しただけで姿を消すコテツを、家族総出で探し回る話だった。全身が映るのは高雄だけで、顔はスマイルマークを被せて分からないようにしてあるが、少し自己主張の強い腹回りは、自分で見ていて恥ずかしくなる。ライブ配信は定期的に行っていて、次回は金曜日の夜。その際は顔が映らないよう、カメラの位置を低くする。
作品名:Ravenhead 作家名:オオサカタロウ