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オオサカタロウ
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novelistID. 20912
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Ravenhead

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 島野は首を横に振りかけたが、不自然な動きで傾げた。快斗が警察の犬だとして、海知がそれを知ったら、どうなるのだろう。不肖の弟は、ドラム缶行きだろうか。海知は、島野の不安など全く読み取ることなく、ジッポライターに向かって言った。
「手前にHって書いてあるけど、これって、何? エロおやじって意味?」
「下の名前やと思います」
「あーなるほど。お兄さんの遺体が見つかったんは、チクロンの地元やな。ちょっと待っとけ」
 島野が止める間もなく、海知は仕事用のスマートフォンを手に取り、チクロンの携帯電話を鳴らした。
「あーもしもし、ちょっと名前を調べてほしいんやけど。朝戸って苗字で、下の名前はHで始まる人。はい、あーはいはい。うん、はいはい。はーい。うん、分かった分かった。はーい」
 海知は電話を切ると、疲れ切ったようにスマートフォンを机の上へ放った。島野は言った。
「相変わらず、話長いですか?」
「すぐ、自分の話に切り替えよる。珍しい苗字やからすぐ分かるみたいやな」
 海知は折り返しを待っているようで、スマートフォンから視線を外すことなく、腰を下ろした。島野は心の中で、ため息をついた。海知だけではなく、チクロンまで話が通るとは思っていなかった。あまり人に嗅ぎまわられたくない。数分沈黙が流れ、海知が貧乏ゆすりをする音だけが規則的に響いた。島野が気を抜きかけたとき、スマートフォンが光りながら震え、ディスプレイに『チクロン』と大きく表示された。海知はスマートフォンを耳に当てながら、メモ用紙に住所と名前を書き留めていき、話したがるチクロンを切り離すように電話を切った。
「あのポリさん、ええとこ住んどるなー。朝戸孝太郎、世帯主。朝戸美千代、妻。死別か。朝戸浩義、長男。朝戸里緒菜、長女。長男は結婚しとるな、朝戸春香が妻で、朝戸浩太が長男。Hてことは、そのライターの持ち主は、この浩義か、嫁の春香ってことやな。女がジッポはないか。ははは。な?」
 早口でまくし立て、海知はぎょろりと見開いた目を島野に向けた。掌で膝を打って景気のいい音を鳴らすと、立ち上がった。
「よっしゃ、いこか」
「どこにですか?」
「内緒」
 島野は、海知の後ろをついて駐車場まで歩きながら、冷気が背筋を通り抜けたように身震いした。
 海知は、本当に人を殺す覚悟を決めたときは、『殺す』と言わない。
      
 夕方四時、終礼でも朝と同じ言葉が繰り返された。担任である村井の、『商店街の事件現場には近づくな』という言葉。靴を履き替え、ローファーが地面とぶつかるこつんという音が鳴ったとき、嫌な予感がした門森は、霧鞘の顔を覗き込んで、言った。
「あかんで」
「なんも言ってないし。でもなー」
 霧鞘は好奇心の糸に腕を引っ張られているように、組んだ手をもじもじと動かした。門森は言った。
「ほんまに、言うこと聞かんよね」
「ルールは……、何やっけ?」
「破ってなんぼ? なんで私に言わしたん。委員長やから?」
 門森が小さくため息をつくと、霧鞘は不器用にもみ手をしながら、歯を見せて笑った。門森は同じように笑顔を返そうとしたが、口角がやや吊り上がっただけだった。小さくうなずいて、付き合うことに同意しながら、門森は思った。笑顔を見せるときの霧鞘の目はまっすぐで、びっくりするぐらいに男子受けする。去年高校に入って、ようやく一年生が終わろうとしているが、その間に何人もの男子が霧鞘に話しかけ、いいリアクションをもらい、その気になって告白して、撃沈した。長い付き合いの私ですら、霧鞘の頭の中は分からない。
「私、めっちゃ早足で歩くで。防犯のやつ持ってる?」
 門森が言うと、霧鞘は返事の代わりに指笛を吹いた。その音量に、男子が手に持っていたバスケットボールを落とし、後ろを歩いていた仲間がつまずいて転んだ。霧鞘は言った。
「こんなんでいいかな」
「街中で、絶対吹かんといてよ」
 門森は鞄の紐を少しだけ縮めて、体に密着するように引き寄せると、霧鞘と歩き始めた。いつも通り、高校の外周をぐるりと囲う歩道を橋の方向へ進むが、渡らずに長屋や団地の建つエリアへ折れる。空気は澱んでいて、町工場のシャッターの前に置かれた曲がったトラ柵には、スプレーで落書きがされているが、それを上書きするように『駐車お断り、停められた場合はフォークリフトでどかせます』と張り紙されていた。家族で商店街に行くことはあるが、その反対側に抜けることは今までなかった。今日は、その反対側から商店街を目指している。
「真由、怖いんやけど」
「雰囲気? うーん、確かにワイルドやね」
「言葉包む天才やね。高校の裏がこんな感じやとは、思わんかったわ。なんか、別世界って感じ」
 夕方でしんと静まり返っているが、古びたひとつひとつの建物は呼吸をしていて、銃眼のような窓が目の代わりをしているようだった。霧鞘と門森は共に、川の反対側にある新興住宅地で生まれ育った。地元商店とは無縁で、ほとんどの買い物はショッピングモールで済ませることができる。しばらく歩いた後、霧鞘が言った。
「商店街ちゃうわ、これ。屋根ないもん」
 派手な色合いの店が並ぶ、静かなエリア。軒先に立つスーツ姿の男が目を丸くして、偶然目が合った門森は霧鞘の手を引いた。
「うん、違うと思う」
 霧鞘がうなずいたとき、その目が同じように場違いな存在を捉えた。右手にお菓子の袋を持った小学生の男の子が、立っていた。まるで、路地に答えがあるように辺りを見回しながら、所在なさげにしている。門森がスーツの男に助けを求めるよりも早く、霧鞘が屈みこんで話しかけた。
「ぼく、迷子かな?」
 男の子はうなずいた。ランドセルを背負っていて、制服には黒川小学校の校章があった。霧鞘は笑顔になると、言った。
「わたしも、黒小の出身よ。ねえ、わたしは霧鞘。お名前が知りたいな」
「十野です。十野将吉、三年です」
 将吉は、歯を見せて笑おうとするように口元を歪めて、門森の方を見ると、少しだけ肩をすくめた。霧鞘は言った。
「門森は、わたしの友達。ちょっと冒険しとったら迷ってさ。十野くんも、もしかして同じ感じ?」
「……、はい」
 年齢は違うが、迷っていることには変わりない。門森はスマートフォンの地図アプリを立ち上げ、言った。
「ここは、夜のお店ゾーンやわ。行き過ぎたぽい」
「委員長、それ開いたら冒険感なくなるやん」
 霧鞘が抗議するように言うと、門森は呆れて笑い、二人を手招きした。三人で夜のお店ゾーンを抜け、古びたアパートの前まで戻ったとき、将吉が自宅の住所を言った。門森が方向を指差し、霧鞘が言った。
「うちらの間を歩いてたら、安心やから」
 門森が苦笑いを浮かべるよりも早く、将吉は二人の間に滑り込んだ。霧鞘の素直さは、子供を磁石のように引き付ける。その様子を見ていると、苦笑いは本物の笑顔に変わった。大げさに手を振って歩きながら、門森は言った。
「真由、あんた本物やわ」
「どういう意味ね」
作品名:Ravenhead 作家名:オオサカタロウ