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オオサカタロウ
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novelistID. 20912
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Ravenhead

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 霧鞘は、迷ったように辺りを見回す十野の肩を掴んで、言った。
「ダッシュできますか?」
「できる……、なんで?」
 霧鞘は十野より前に立つと、姿勢を正して数歩歩いた。震える手を固め、立ち止まって息を吸い込むと、言った。
「十野将吉くん!」
 その声がヤード中に響き渡り、黄色いランサーセレステから小さな手が挙がった。霧鞘は叫んだ。
「おった!」
 十野は、霧鞘と同時に走り出した。ランサーから姿を見せた将吉が、全力疾走する二人に向かって困惑した表情を浮かべ、十野は将吉の体を抱え上げると、再び走り始めた。
「おとん、マジで! うわーなにこれ」
 将吉は、体と同じように揺れる声で言った。敷地の出口までたどり着いて将吉の足を地面に降ろし、十野は言った。
「セドリックに乗れ、はよ!」
 将吉が駆け出していき、敷地から姿が見えなくなったとき、霧鞘を真後ろから捕まえた海知が、足を引きずりながらその銃口を霧鞘のわき腹に突き付けて、言った。
「どこ行くねん」
 十野が振り返ったとき、霧鞘が言った。
「十野さん、いいから逃げてください!」
 海知は、霧鞘の体を引きずりながら笑った。
「健気か、おい接近戦デブ! おれの免許証は?」
 海知がそう言ったとき、浩義が後ろから追いつき、銃口を持ち上げた。海知は素早く振り向くと、霧鞘を盾にして散弾銃の引き金を引いた。九発の散弾の内、数発が浩義の手に命中し、右手の薬指と小指を付け根からばらばらに吹き飛ばした。海知は、霧鞘を捕まえたまま、後ずさって尻餅をついた浩義に近づくと、地面に落ちたマグナムキャリーを蹴飛ばし、その顔に向けて散弾銃の引き金を引いた。何も起こらず、次の弾が装填されていないことに気づいた海知は、舌打ちした。人の気配が余分に多い。体を捕まえている霧鞘に、浩義と十野。そして、孝太郎。海知は人数を読んだ。それでも疑念は振り払えなかったが、浩義に言った。
「くそ、ラッキーやなお前。動いたら、この高校生の耳、噛みちぎるぞ。おい、接近デブ!」
 海知が振り返ると、十野は勢いよく間合いを詰めていた足を止めた。片足立ちで、海知は笑った。その度胸は買う。ずいぶん肝が据わっている。
「お前、見どころあるやん」
 海知が散弾銃を地面に捨て、ベルトに挟んだAMTスキッパーに手をかけたとき、十野は言った。
「それは、嬉しいね」
 数時間前、セドリックの運転席に座ったとき。真っ先に思いついたのは、海知の部屋に描かれた、あの特徴的な落書きだった。高校時代の思い出。怒りをぶちまけるキャンバスになっていたのは、いつもセメント工場跡だった。今まで、竹田と本気の殴り合いをしたことはなかった。揉めたことは何度もあるが、友情が壊れることを恐れて引き下がるのは、いつも十野の方だった。しかし、今回限りは違った。変電施設の中で再会し、殴り合いが終わるころには、十野のスマートフォンはくの字に曲がって壊れていた。
 霧鞘は、自分の体を万力のように捕まえて離さない海知の手から逃れようと、ずっと込め続けていた力を抜いた。セメント工場跡は薄暗くて、気味が悪かった。『注意 高圧電流』と書かれた部屋から伸びる人影を見つけたとき、慌てて地面の石を蹴飛ばしてしまった。人影の正体が十野だと分かったとき、その後ろから、もうひとりが現れた。全身が汗まみれで、正気とは思えない目をしていた。竹田は、霧鞘のことが十野と同じ、『オレンジ色』に見えると言った。
 十野は、セドリックに乗り込む前に竹田に言ったことを、そのまま繰り返した。
「お前が、誰を殺して死刑になっても、おれは、お前を友達として受け入れる」
「急に、なんやねん」
 海知が笑ったとき、十野は叫んだ。
「チクロン!」
 海知は、自分の耳にだけ馴染み深いはずの言葉が、十野から飛び出したことにたじろいだ。そして、さっきまで余分に感じていた人の気配が、足音になって左側から突進してくることに気づいた。海知が顔を向けたとき、竹田は身を低くして体当たりを食わせた。霧鞘が一緒に地面に倒され、十野はその手を素早く引いて起こすと、自身の大きな体で庇った。
 竹田は、海知の真上に馬乗りになり、中途半端な握りこぶしになった手を振り下ろした。鼻の骨が折れるのと同時に、海知は、自分の体と地面の間に挟まれた右手を引き抜こうとして、力を込めた。さらに竹田の体重がかかり、その歯が左耳に食い込むのと同時に、皮膚が裂ける音が鳴った。竹田は犬のように頭を振ると、海知の左耳を噛みちぎった。勢い余って竹田の頭が上がったとき、海知は自由の利く右膝を竹田との体の隙間に押し込んで背中を浮かせ、右手と一緒にスキッパーを引き抜くと、竹田の顔に向けて引き金を引いた。下あごから眉間の骨を突き抜けた四五口径が空に向かって飛び出し、銃声で右耳の鼓膜が破れた海知は、顔をしかめた。
「この変態が」
 そう言ったとき、縦に走った銃創を境に真っ二つに崩れた顔の部品が垂れ下がって、真っ赤な福笑いのようになった竹田の顔が、軋みながら歪んだ。海知がそれを笑顔と認識したとき、竹田の血まみれの両手が差し出されて、海知の両目に突っ込まれた。
「やめろ! おい、目はあかんて!」
 海知が叫ぶ中、竹田は体重のすべてをかけて、両手の親指を海知の目の中に深く突き刺した。脳に達して足が数回痙攣した後、海知は動かなくなった。そのまま立ち上がることなく、顔から蛇口を開いたように血をこぼし続ける竹田は、海知に覆いかぶさって動かなくなった。十野は、霧鞘に言った。
「絶対、見るなよ」
 前に向き直ったとき、白髪交じりの男が立ちはだかっていることに、十野は気づいた。顔の左半分は血まみれだったが、残った方の目は静かに光っていた。
「あんたは?」
 十野が言うと、孝太郎は言った。
「朝戸や。少し話せるか」
 霧鞘が泣き出しそうな顔で、言った。
「警察の人ですよね?」
 孝太郎はうなずいた。そう、警察の人だ。そして、このヤードから生きて出るのは、自分と浩義だけと、最初から決まっている。散弾銃の銃口を持ち上げると、孝太郎は笑った。
「制服を着てるときはな」
 十野が、霧鞘を自分の後ろに隠して庇ったとき、左手でマグナムキャリーを拾い上げた浩義が、孝太郎の方へ歩み寄った。
「親父」
 浩義はそう言うと、首を横に振った。そして、マグナムキャリーの銃口を持ち上げ、孝太郎の頭に向けて引き金を引いた。十野と霧鞘の方を振り返ることなく、呟いた。
「申し訳ない」
 浩義は、二人の姿がなくなってからも、しばらくの間、仰向けに倒れて死んだ孝太郎の傍に立っていた。ドアが開けっぱなしになったギャランに鍵がついていることに気づき、乗り込むとドアを閉めた。室内は異様なぐらいに静かだったが、エンジンをかけるのと同時に、テープが回り出した。浩義は、顔をしかめて取り出しボタンを押したが、壊れていた。
 朝戸浩義と妹尾春香の結婚式は、盛大だった。人生の中で、ひと晩の内に音楽をあれだけ聞いたのは、初めてだった。二次会のカラオケ大会で、誰かがリクエストした、『乾杯』。歌ったのは高校時代の友人で、春香はしばらく、その曲を車でかけていた。今デッキから流れているのは違う曲だが、歌手は同じだ。
作品名:Ravenhead 作家名:オオサカタロウ