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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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Ravenhead

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 生まれたばかりの浩太の夜泣きに二人で付き合い続けたときは、まだ機動隊員だった。ほとんど眠れないまま当直を迎えて、三日続けて徹夜になったときもあった。春香から受け継がれた大らかな性格が見え隠れする度に、自分の容赦の無さが遺伝していないことを確かめるように、安心していた。今は、もう誰もいない。浩義は息を吸って吐くだけのこともできなくなり、左手でハンドルを握りしめた。親指の爪が食い込み、真っ二つに割れた。
 朝戸家の、二匹の猟犬。それが自分と里緒菜だった。
 全てが終わったら、そのとき泣け。孝太郎はそう言った。浩義はクラッチを踏み込んでシフトレバーを一速に入れると、ギャランを転回させた。敷地を出たときに、バックミラーに映る人影に言った。
「撃て」
 島野は、そうしなかった。後部座席で体を起こすと、銃口を向けたまま浩義に言った。
「なんで、兄貴を殺した」
 浩義はシフトレバーを二速に入れた。バックミラー越しに目を合わせると、言った。
「次の捜査に響くからや。ビビって、余計なことを喋られたら、困るやろ?」
 島野は、自分が一晩中走って兄の姿を探した月曜日のことを、思い出していた。今、浩義がやっているように、慣れないマニュアルを操作しながら、サイレンを追っていた。浩義はシフトレバーを三速に入れると、言った。
「よう似てると思わんか?」
「何が?」
 島野は聞き返したとき、周りを流れる景色の速さに気づいた。浩義は続けた。
「お前とおれは、ほとんど何も変わらん。立場上、法のどっち側におるかってだけで」
 浩義はシフトレバーを四速に入れた。時速が百二十キロを超え、島野は、道が堤防のコンクリート壁で行き止まりになっていることに気づいた。浩義は完全に振り向くと、思わず体を引いた島野に言った。
「同類なんやから、何も怖がることはないやろ」
 ギャランが堤防にブレーキ痕を残すことなく激突して二人を殺したとき、時速は百五十キロに達していた。
         
         
― 金曜日 夕方四時 ―
         
 ローファーが地面に置かれるときの、こつんという音。体を傾けながら履き替えた霧鞘に、門森は言った。
「真由は、約束を守る子」
「照れるわ」
 霧鞘はそう言って、笑った。最初はパトロールだった商店街への回り道も、今は意味合いが違う。キジトラと、少し遅れて帰ってくる将吉が目当て。沢商店でお菓子と猫缶を買って、少し日の落ちかけた住宅街を歩き、窓が養生されたセドリックの前まで二人が来ると、遠慮するように地面に座るキジトラが顔を上げた。
「あれ、乗ってないのね」
 門森が言ったとき、霧鞘はセドリックのワイパーに挟まれたメモに気づいた。
『この車に興味のある方は、下記番号まで』
 霧鞘は、十野が住むアパートを見上げた。門森がキジトラの前に猫缶を置き、その姿を見つめながらスマートフォンで写真を撮り始めたとき、将吉が帰ってきて、言った。
「ありがとうございました。どうかしてました」
 バツが悪そうに首をすくめる将吉に、霧鞘は笑った。
「なんなんそれ。おかえり。お父さん、車買い替えるん?」
「はい、次は選んでいいって。体が入ったらの話ですけど」
 将吉は、そう言って霧鞘と笑い合った。門森が顔を上げると、将吉に微笑んだ。
「なんかさ、キリっとしたね」
「日焼けしたかもです」
 将吉が自分の両頬に手を当てながら言い、霧鞘はお菓子の袋を開けた。三人で並んで食べていると、階段がとんとんと鳴って、十野が下りてくるのが見えた。
「将吉、お帰り。ほな、ちょっと留守番頼むで」
 将吉が階段を上がって部屋に入るのを見届けると、霧鞘と門森は、十野の後をついて歩き始めた。途中、煙草屋の前に霧鞘の両親が立っているのを見つけて、十野が一礼すると、二人はそれが合図になったように姿勢を正した。門森は二人の顔を代わる代わる見て、ぺこりと頭を下げた。霧鞘の父が言った。
「いつも、真由がお世話になってます。今日もありがとう」
 霧鞘の母が、門森の全身を眺めながら、言った。
「杏樹ちゃん、どんどん綺麗になるね」
 四人で歩き、薄い緑色に光る『十野メモリアルサービス』の看板をくぐった。門森は、二年前に学校から霧鞘家まで走ったときのことを思い出していた。あのとき、霧鞘は部屋から一歩も動けなかった。柔らかい光に包まれた告別式の会場は、当時の通りに再現されていた。霧鞘は、無人のホールに立つと、十野に言った。
「ありがとうございます。何回もすみません」
 十野は、職業柄、会場内で封じている笑顔を少しだけ見せると、言った。
「告別式は、残された人間のためにあるんよ」
 霧鞘はうなずくと、四人から離れて、霧鞘友樹の遺影の前に立ち、その顔を見上げた。目を閉じて焼香を上げると、振り返った。心配そうな表情で少しずつ近寄っていた四人が足を止め、霧鞘は笑った。
「だるまさんが転んだみたい」
 力が抜けたように門森が笑い、ホールから出るとき、霧鞘はもう一度だけ振り返ると、兄に呟いた。
「いってらっしゃい」
 自分の体の一部を切り取られたような感覚は、消えることはない。でも、今はその場所が分かっている。そこには痛みだけじゃなくて、二人で共有した思い出があるということも。いつか、わたしにそこへ飛び込むだけの勇気が出てくれば。
 そのときはまた、二人で話そう。
作品名:Ravenhead 作家名:オオサカタロウ