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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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Ravenhead

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 カローラスポーツの運転席には孝太郎、助手席には浩義。この位置関係は、孝太郎が昔乗っていたカペラのころから、変わらなかった。数少ない家族行事では、美千代と里緒菜は常に後部座席に座っていて、顔を見合わせながら話していた。浩義は孝太郎と同じ目線で流れる景色を見ようとして、子供のころから背伸びして、周りで起きている出来事に目を配っていた。刑事だった孝太郎は、休日でも堅苦しい恰好をしていた。家族と一緒にいる時間は、次の事件が起きるまでの『間』に過ぎず、ありとあらゆる無残な死に様を見てきた孝太郎は、弱さが死に繋がるという結論を出した。見ず知らずの男のついていくことを決めた女子大生や、腐れ縁の仲間と手を切れなかった前科者、他にも大勢いるが、そういった人間に共通するのは、自分を律する力の弱さだった。道端で無防備に寝転がっていれば、誰かが起こしてくれるだろうか。土地柄が良ければ、十分あり得る。しかし、考え方としては、無防備な姿を見せれば誰かが殺しに来ると思っていた方がいい。浩義と里緒菜には、子供のころからその考えを徹底して教えた。ある日、小学校高学年に上がった浩義は、友達同士でお互いが嫌いなものを教え合ったと、食卓で報告した。それは浩義からすれば、学校であったことを話しただけだったが、すでに孝太郎の『ルール』を理解していた里緒菜が真っ青になる中、孝太郎は浩義が立ち上がる気をなくすぐらいに殴った。嫌いなものというのは、弱みだ。相手からすれば、浩義に言うことを聞かせる手段をひとつ得たことになる。そうやって、浩義と里緒菜は、他人に弱みを見せない人間に育った。孝太郎は、助手席で双眼鏡を覗き込む浩義に言った。
「動いてるか?」
「無人やわ。静かや」
 島野が案内した数か所の内、海知の訪れる可能性が最も高そうな場所。車が広い敷地内に積み上げられた廃車ヤードで、看板らしいものは出ていない。冷蔵倉庫と隣に建つ立体駐車場から、人の出入りだけがかろうじて確認できた。里緒菜は、最後に何を言おうとしたのだろうか。顔の左半分を散弾で粉々に飛ばされる前に、何かを言おうとして息を吸い込んだのは、はっきりと分かった。泣き言を言う妹ではなかった。自分が殺されることを覚悟していたなら、それは撮影者の海知に対してではなく、孝太郎と浩義に対するメッセージだったに違いない。
 例えば、『殺せ、最後のひとりになるまで』
 浩義は、カローラスポーツのトランクに入っている三挺の銃に意識を集中させた。海知の考えそうなことは、法を境界に反対側の立場にいるはずの自分たちと、ほとんど変わらないように思える。海が近い廃車ヤード。積み上げられた車と車の間に、碁盤目の通路ができている。出入口は二か所あり、滝岡産業道路に面した側と、逆側にある川沿いの一車線道路に面した、やや狭い通用門。どちらも乗り越えられる高さで、忍び返しすらない。川沿いの雑草が茂るエリアは金網が古いから、時間はかかるが切って入ることもできる。三つの考えが並行して頭に浮かんだとき、天井が錆びて茶色になったグランドハイエースが正面入口の前に停まり、助手席から降りてきた男が門を開けた。グランドハイエースが入った後は、看板を出すこともなく門を閉め、運転席から降りた男が事務所の傍にあるブレーカーを上げた。
        
 海知のスマートフォンに、チャラから『いつでもどうぞ』とメッセージが入り、ギャランのカセットデッキが大きな音を鳴らすと、A面に切り替わった。川沿いの通用門から入ると、海知はギャランを事務所の前に停めて、運転席から降りた。チャラとトンチャイは、テーブルを挟んで向かい合わせに座り、オセロの盤と睨めっこをしていた。海知は笑いながら言った。
「それ、好きやな自分ら」
「シンプル。白か黒しかない。先読みできたほうが、勝つ。憧れますね」
 チャラが言い、トンチャイがそれに合わせるように少しだけ表情を変えた。審判のような位置に椅子を引きずってくると、腰かけた海知は、戦況を眺めた。チャラが白、トンチャイが黒で、ややトンチャイが優勢に見える。海知は言った。
「いつからやってた?」
「十五分ぐらいですかね」
 チャラは答えると、顎ひげを撫でながら海知の方を見た。
「ご用件を」
「このヤードに、人を呼びたい」
 トンチャイが怪訝な顔をして、海知の顔を見た。
「パーティ? 火起こしますか? ドラム缶ならあるけど」
 海知は笑った。ある意味、パーティのようなものだ。ただ、思い出は持って帰れないが。チャラは困ったように眉を曲げ、言った。
「ん−、見られたくないものもある。いつの話ですか?」
「今晩」
「無理よ、急すぎるよアキラさん」
 チャラは首を横に振った。海知は、無意識に頭の傷に触れた。
「見られたくないもんは、そのままにしといていい。誰も、生きて帰さんからな」
 チャラとトンチャイが視線を交わした。トンチャイが『パーティ』の意味を理解し、チャラと同じ困ったような表情を浮かべると、言った。
「死んだ人間をプレスするのはいいけど。ここで殺すのはよくないですよ」
「まあ、音はよく抜けるやろうな」
 海知はそう言って、座り心地の悪い椅子から尻を浮かせた。顔をしかめながら再び腰を下ろすと、チャラに言った。
「どういう風の吹き回しで、この国に来た? 二人とも」
 チャラは肩をすくめた。
「シンプル。私らは祖国だと犯罪者になるしか、道はなかった。結局、同じようなことしてますけど、はるかにやりやすいね」
「やりやすいか、なるほどな。まあ、平和ボケしてるからね、この国の連中は。長いこと自分がいかに快適に過ごすかってことだけ考えてきたんやろな。おれもそのひとりやが」
 海知がおどけたように言うと、チャラとトンチャイは同じタイミングで笑った。
「平和に名前はないですね。退屈と感じたときが、そうなんですよ」
 チャラが言い、海知は笑った。
「なるほど。二人とも、日本での生活は楽しかったか?」
「アキラさん、ときどき日本語が怪しくなりますね。過去形は変。楽しい? って聞くんですよ」
 チャラが笑うと、海知は笑顔を消した。
「いや、合ってる」
 海知は、テーブルの下で二人に向けた、二挺のAMTスキッパーの引き金を交互に引いた。サブマシンガンのような速さで銃声が鳴り響き、仰向けに倒れたチャラがテーブルに足を引っかけ、オセロの石が地面に散らばった。トンチャイはテーブルを掴んで立ち上がろうとしたが、下腹部から栓を抜いたように吐き出される血の勢いに勝てず、そのまま突っ伏して死んだ。仰向けに倒れたチャラは、まだ浅く息をしていた。海知は立ち上がると、チャラの呼吸に合わせて大腿部から流れ出す血を見つめた。仲間は、島野とチクロンだけでいい。本当にいいか? いや、考えても手遅れだ。
「ほな」
 海知は短く言うと、右手に持ったスキッパーでチャラの頭を吹き飛ばした。やや揉めたが、場所は確保。事務所の奥にある鍵の束を掴むと、海知はヤードを見渡した。事務所にまっすぐたどり着けないようにする。四トンが一台と、先週入ってきたばかりのダンプカーが一台ある。頭の片隅にそれを置いて、海知は島野に電話を掛けた。
「デリカを持ってこい。将吉くんを忘れんなよ」
作品名:Ravenhead 作家名:オオサカタロウ