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オオサカタロウ
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novelistID. 20912
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Ravenhead

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 直射日光を避けられない立地だから、車の中が暑くなりやすいのは分かる。しかし、エンジンを止める代わりに窓を開けるぐらいのことはして、出る音を極力小さくする努力はするべきだろう。海知は助手席のドアを開けて、シートの上にお菓子の袋を置いたとき、ふと気づいた。朝、島野に渡したスナック菓子。その空袋が後部座席にも散らばっている。それは、シートに置かれた汚れた毛布の塊の真下だった。海知は一度咳ばらいをすると、島野の声をできるだけ真似て、言った。
「ドーナツ食べる?」
 毛布が動いて、写真で見た通りの顔が現れ、島野でないことを悟ってまた隠れようとした。海知はわざとらしく笑い声をあげると、言った。
「十野将吉くん、かな?」
 将吉が不安そうな表情を残したままうなずくと、海知は親指を立てた。
「島野から聞いてるで。おれは仲間」
 少し表情を和らげる将吉を見ながら、海知は思った。おれはついてる。立っていながら貧乏ゆすりが始まり、デリカを車体ごと持ち上げて、ひっくり返せそうな気がした。これ以上の運はない。将吉は毛布から顔を出すと、海知の頭を指差した。
「怪我してる」
 海知は、顔中の骨をばたつかせるように笑った。これをやったのは、てめーの親父だ。将吉はつられて笑うと、言った。
「痛くないん?」
「ぜんっぜん、痛くない」
 海知はデリカの助手席から頭を引き抜くと、仮設トイレまで歩いていき、耳を澄ませた。ベルトを締める音が聞こえる。島野がドアを開いたとき、海知は力任せにそのドアを蹴飛ばして閉めた。トイレが起き上がりこぼしのように揺れ、海知はドアを開けた。三半規管が狂ったようにふらつく島野が外に出ようと体を傾けたとき、ドアを再び閉めた。島野の額にプラスチックの枠が激突し、再度ドアを開けた海知は言った。
「大事なことは言えや。追われてたんやないな。お前は、警官のとこから逃げてきたんやろ。怒らんから、正直に言え」
 海知を揺さぶるために、朝戸家が強盗仲間の家族を誘拐することを計画し、自分が間違って十野を誘拐したということを、島野は語った。海知は、うんうんと口で言いながら小刻みにうなずき続けていたが、話し終えた島野が言葉を切るのと同時に、頭突きを入れた。島野はトイレの中へ追い返されるように飛ばされ、鼻血を流しながらもがいた。海知は言った。
「頭突きをせんとは言ってない。安心してくれや、怒ってはないから。でもお前、おれがデリカを穴だらけにしてたら、あの子はどうなってた?」
「するつもりやったんですか?」
 トイレの壁が唯一の支えのように手を突っ張って立ち上がった島野が言うと、海知は顔をしかめた。
「仮定の話もできんのか。でもな、お前。これはな、マジでいいぞ」
 島野をトイレから引きずり出し、デリカに戻りながら、海知は考えた。朝戸家のご老体と役立たずの長男だけじゃない。接近戦特化型の十野も、指笛女子高生も、みーんな滝岡地区に来てもらおう。ここなら、おれが好きなようにできる。それを後押しするように、『手のひらを太陽に』の替え歌が、さっきから頭の中で鳴り響いていた。海知は助手席のドアを開けて、お菓子の袋を掴むと将吉に差し出した。
「これ、食べーや」
「ありがとうございます。でも、そろそろ帰らな、ほんまに怒られる。おとんは……」
 将吉が言い終わらない内にドアを閉めた海知は、スマートフォンを手に取った。皆殺しにするには、島野以外にも気心の知れた仲間が必要だ。チャラとトンチャイだけでは不安が残る。ニュース速報のバナーを見た海知は、眉をひそめた。『人気猫動画の配信者、ライブ配信中に飼い猫殺す』
「島野。こんなん、人間のやることか?」
 島野は顔を近づけて、次のバナーを読んだ。『黒川地区の住宅街でガス漏れ。母子が死亡』。島野から顔を離しながら、海知はロック画面を解除して記事を開いた。島野は、自分が記憶している路地と寸分違わない写真に、目を見開いた。同じように、ガス漏れが起きた家の主を悟った海知は、言った。
「おー、マジかよ。こいつ、ついにブチ切れたんか」
 狂った公僕、竹田。ついに、周りの人間が全員、真っ黒に見えるようになったのだ。海知はスマートフォンの画面を爪で叩きながら、宙を見上げた。竹田は全てを捨てて、チクロンに統合された。殺しをやるには、今が最高に旬だ。ただ、どういうわけか、おれにキレてる節がある。何とかして、奴の心を買い戻さなければならない。海知はスライドドアを開けると、将吉に言った。
「将吉くん、その埃っぽい毛布に隠れるのは、もうやめよか」
 長い時間、ちくちくする毛布に耐えていた将吉は勢いよくそれをどけて起き上がると、窓の外に向けて首を伸ばした。
「島野さんは?」
「おるよ」
 海知は、鼻血を流している島野の頭をぐしゃぐしゃに撫でながら、言った。将吉はその様子に顔をしかめた。
「みんな怪我してる。おとんが心配するから、帰らなあかん。もう追手はいませんか?」
「おらんで。今朝、親父さんとしゃべったばっかや。今日、迎えに来てもらうよ」
「おとんの友達なん? 最近、友達めっちゃ増えた感じがする」
 将吉は、頭に乾いた血が乗った海知と、鼻血を流している島野の顔を交互に見た。海知がぱっと笑顔に切り替えて、言った。
「まあ、友達みたいなもんやね。仕事の付き合い的な。パーッと、将吉くんを外で遊ばしたってくれって、頼まれてね。ほんまは夕方に親父さんと合流してサプラーイズってやろうと思っててんけど、言うてもうたな。気晴らしになった?」
 早口で、ぽんぽんと口から出まかせが飛び出す様子に、島野は困惑した表情を浮かべた。将吉も頭の中で理屈が繋がらないように首を傾げていたが、切り替えが済んだようにうなずいた。
「うん……、なんか、映画みたいで楽しかった。ありがとうございます。おとん、学校に電話したんかな。そうや、ここ来たときな、風船割れるみたいな音したやん。あれは何?」
「ふーうせん」
 海知は即答すると、歯を見せて笑った。雷に打たれたように姿勢を正すと、ギャランまで早足で歩き、トランクを開けた。強盗に使う拘束用のロープを手に取り、戻って来ると、島野に言った。
「演技しろ」
 島野の両手を後ろ手に縛り、開いたスライドドアの前に座らせると、海知はスマートフォンを取り出し、島野と将吉を撮った。
「救出作戦、成功っと」
 島野のロープを解くと、写真を見せて海知は微笑んだ。
「これで、おれが助けたように見えるな」
 将吉が何か言おうとしたが、スライドドアを閉めて遮り、海知は言った。
「おれが電話したら、デリカをこの子ごと、チャラんとこまで持ってこい。それまでは動くなよ。できるな?」
 島野がうなずくのを見届けることなく、海知はギャランの運転席に乗り込んだ。アパートで十野と遭遇した下りは、言えない。それは、沽券にかかわる話だ。
       
作品名:Ravenhead 作家名:オオサカタロウ