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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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Ravenhead

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「終わっちゃいましたけど。出てきませんでしたね」
「細かいことは、まあええとして。十野さん、もしかして朝戸家と関係あったりする?」
「朝戸ってのが、その警官一家か?」
 十野が口を開いた。海知の話を理解するだけで疲れ切ったように瞬きを繰り返すと、脅迫状を封筒から出してテーブルの上に置いた、霧鞘があっと叫んで口元を手で押さえ、十野の方を見た。
「これって、脅迫状ですか?」
「ごめん、さすがに、言うわけにはいかんかった」
 十野が肩を落とすと、海知は探偵のように大げさに眉を曲げながら中身を見て、断じるように言った。
「人違いやな。おれはこの手のことに詳しいから、分かります。詳しくは言えんけど。身代金のこと書いてないし、明日返すって、ほな初めから何もすんなやって感じやし」
 十野が脅迫文に視線を落としてうなずいたとき、霧鞘はぽつりと言った。
「誰かと、間違えたんですかね」
 竹田の名前を伏せたことに気づいた十野は、霧鞘の方をちらりと見て、少しだけ微笑んだ。海知は首を傾げた後、反対側に振って鳴らし、横に振った。
「いや。息子さんは大丈夫と思いますよ。ほんまに、勘ですけど。人違いですわ」
 海知はそう言って立ち上がろうとしたが、十野が長い腕でその頭を押さえ、無理やり座らせた。どすんと尻餅をついたようになった海知は、手を払いのけた。
「まだなんかあります?」
「ケータイ出せ」
 まるで、ヤンキーのカツアゲだ。海知が観念して、ロックを解除したスマートフォンをテーブルの上に放ると、十野は一度鳴らしてお互いの番号を登録し、海知に返した。
「十野って入れて、登録しとけ。おれは、なんて登録したらいい?」
「うーん、お好きに」
 十野の拳が固まり、海知は慌てて答えた。
「海知で」
 十野がスマートフォンに名前を登録し始めると、海知は霧鞘の方を向いて、言った。
「こんな感じのおっさん、信用すんなよ。人間、見た目が九割九分。直感で行け。な?」
「はあ」
 霧鞘がうなずいたとき、十野が顔を上げた。
「学校、行っといで」
 その表情から有無を言わせぬ圧力を感じ取った霧鞘は立ち上がり、残った二人に一礼すると出て行った。素直に階段を下りる足音が聞こえてようやく力が抜けたように、十野は大きく息をついた。海知は言った。
「モテ期到来か、おっさん」
 十野は、海知の髪を掴んでテーブルに叩きつけた。海知が手をついて体を起こそうとしても力を緩めず、言った。
「このままテーブルと合体するか? いちいち、いらんこと言うな」
 海知がうなずいたのが手を介して伝わり、十野は手を離した。見ているだけで苛立つように海知を睨みつけた後、言った。
「財布出せ」
「いじめっ子やなあ」
 海知が全てを諦めたようにポケットから財布を出してテーブルの上に放ると、十野は中から免許証を抜き取った。
「お前も手伝え。見つけたら、これを返す」
      
 アパートから出てすぐに、海知は島野の番号を鳴らした。ずきずきと痛む額が熱を帯び始めたとき、島野は電話を取った。海知は言った。
「なんとなーく、分かったわ。人違いやね」
「これから、チャラのとこに行くんですか?」
 島野の声は、ようやく落ち着きを取り戻していた。海知はうなずいてから言った。
「せやな。お前、デリカ生活はどないなってる?」
「快適です。いつぐらい戻りますか?」
「チャラ次第やが、夕方ってとこかな。ほな」
 海知は返事を待たずに電話を切った。免許証を人質に取られるとは思わなかったが、諦める以外選択肢はなかった。あの接近戦では、勝てる気がしない。ギャランを停めたコインパーキングまでの道に折れようとしたとき、後ろから声がかかった。
「海知さん」
 海知が振り返ると、霧鞘は言った。
「わたしにも、電話番号を教えてほしいです。なんかこそこそ番号交換して、二人とも感じ悪かったですよ」
「学校行ったんちゃうんかい。おれの番号なんか、知ってどないすんの」
 海知は周囲を見回した。十野から食らった暴力を返す相手は正直、誰でもいい。ただ、周りに通報するような『一般人』がいないことが条件だ。花屋の店員が外で客と談笑していて、海知は握りしめかけた拳を開くと、番号を呟いた。霧鞘はそれを素早くスマートフォンに入力すると、海知のスマートフォンを鳴らした。
「何か知ってるんなら、教えてください。学校にいない間は、速攻返事するんで」
 そう言って歩き去る霧鞘の後ろ姿を見ていた海知は、宙を仰いだ。どいつもこいつも、平和ボケしている。新しく追加された連絡先に『指笛』と名前を付けると、ギャランまで戻り、海知は運転席のシートに持たれながらバックミラーを見上げた。血は止まったが、髪が固まってバリバリになっている。自分の顔と睨めっこしながら、海知は自分の頭に中にある『物事の優先順位』を入れ替えていった。今までは一位が『自身が快適であること』で、二位が『金』、三位が『持ち物』、四位が『沽券』だった。それがルーレットのように入れ替わり、一位が『沽券』にとってかわったとき、海知は今の自分が一番求めていることを自身で理解して、バックミラーに映る自分の顔に笑いかけた。
        
 アパートに戻ってきた霧鞘は、海知の話を書き留めたノートのページを切り離して、十野に差し出した。
「これ、持っててください。なんで、脅迫状のこと言うてくれへんかったんですか」
 霧鞘が言うのと同時に卓上の時計が七時半を指し、十野は言った。
「心配するかなって思って。てか、戻ってくるとは思わんかったわ。ほんまに、おれは感謝しても、しきれん気がする。なんでここまで……」
「兄の葬儀では、お世話になりました。わたしは行けなかったんですけど、思い出したんです」
 霧鞘は唐突に言うと、ぺこりと頭を下げた。十野は当時のことを頭に呼び起こしながら、言った。
「大変な事故やった」
「葬儀屋さんなんですよね。みんな、あんな感じなんですか?」
「あんな感じって、様子のこと?」
 霧鞘家のことは、色々な記憶と混ざり合っているが、形は残っている。娘が憔悴して、来られない。配膳に影響する話だから、最前列の記憶はそれだ。ただ、しっかりした両親だった。それは確かだ。
「超人なんですよ、うちの両親は。真っ先にわたしのことを心配してくれて。辛いはずやのに」
 霧鞘は、俯き加減のまま言った。十野は当時の印象をそのまま頭に呼び起こして、言った。
「霧鞘さんのご両親は、しっかりしてた。あんな気丈に振舞える人は、中々おらんと思うよ」
「わたし、なんか取り残されたみたいで、怖くて。今でも、普通に仲はいいんですけど」
 十野は、ふと気づいた。霧鞘は、こんな話し方じゃなかったはずだ。もっと底抜けに明るくて、何を言い出すか分からない活発な感じがあった。全身から発散されるエネルギーが消えてしまったように感じて、十野は言った。
「取り残されたって、思ったの?」
「はい。なんか、悲しんだらあかんのかなって。たまに思うと、それがすごい悲しくなるんです」
 十野は、何も言わずに立ち上がった。契約書類を綴じたキングファイルを抜き出すと、テーブルの上に置いて、ページを開いた。二〇一九年、七月十一日。
作品名:Ravenhead 作家名:オオサカタロウ