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オオサカタロウ
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novelistID. 20912
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Ravenhead

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 真由は誤魔化して、足早に外に出た。ほとんど眠れていない。目の下のクマは隠しきれていないだろう。門森には、いつもの時間にショッピングモールの交差点でと言ってあるから、早起きしたことで使えるのは、一時間しかない。足早に商店街の方へ向かうと、霧鞘は四つ折りにしたコピー用紙を取り出して、折り目を丁寧に伸ばした。昨日の夜は、すでに閉まっている店もあったから、全部の店舗には訊けていない。手始めにパン屋を覗き、次は文房具屋、百円均一のショップと、霧鞘は立て続けに聞き込みを始めた。百円均一のショップ店主は昔から百円にこだわり続けている、この業界の先駆け的な存在で、霧鞘が写真を差し出すと、記憶を呼び起こすように、こめかみをとんとんと叩いた。
「んー、見てないな。葬儀屋さんとこのせがれやんね」
 葬儀屋というフレーズを聞いたとき、霧鞘は目を見開いた。ずっと、聞き覚えがあると思っていた。霧鞘友樹の葬儀と告別式は、十野メモリアルサービスにお願いしたんだった。霧鞘は俯いた。どうして今までぴんと来なかったのかは、分かる。この前話したときに、お父さんとお母さんが知らない振りをしたからとか、そんな理由だけじゃない。わたしは、お別れを言っていない。
「そうですか……」
 霧鞘のくぐもった口調に、店主は驚いて席から立ちあがった。
「ちょっと、大丈夫かいね」
「はい。ありがとうございました」
 霧鞘は外に出ると、息を整えた。なおさら、将吉くんを探していることが運命のように感じる。絶対に見殺しにしない。町中の人間に、声が枯れるまで聞き続ける。霧鞘は早足で歩き、目が合った人間の前で足を止めると、居場所を知らないか訊いた。学校に行っている場合なのだろうか。今日は、課題提出のない日だったはずだ。再び歩き出し、目が合った順番に呼び止めようとしたが、タイミングが合わず、すれ違った男に振り返ると、霧鞘は言った。
「あの、十野将吉くんを見かけませんでしたか?」
 海知は、早足で逆方向に歩いていた足をぴたりと止めた。振り返ると、顔色の悪い女子高生が子供の顔写真を持って立っているのが見えた。
「おれも、探してんのよ。それが十野か?」
「え、あの」
 霧鞘が後ずさろうとすると、海知は食べたばかりのラーメンに入っていたもやしが挟まった歯を探りながら、追いかけるように距離を詰めて歌い始めた。
「やーつらは、いーまもー」
 商店街の屋根に、『手のひらを太陽に』の替え歌が反響した。『生きているから殺すんだ』の下りを歌い終えた海知は、呆気に取られて固まっている霧鞘に言った。
「へーんじ!」
 商店街にいる、霧鞘を覗く全員の視線が一斉に自分に向けられ、海知は悟った。この手の怒声は、滝岡地区では日常でも、ここでは違う。やり方を変えようとするより早く、霧鞘は指笛を吹いた。鼓膜を突き破るような音が鳴り、思わず後ずさった海知から走って逃げだした。
「おい! 待てや! えーっと。返せ! おれの電卓、返せ!」
 海知は適当に理由をでっち上げると、霧鞘の後を追いかけ始めた。霧鞘は鞄を揺らしながら商店街を住宅街の側に抜けて、走りながらスマートフォンを取り出した。視界が上下に揺れる中で番号をダイヤルできるわけもなく、霧鞘は息を切らせながらセドリックの前まで来ると足を止めて、振り返った。海知は息を切らせながら追いついたが、間合いを空けたまま言った。
「急に走んなや」
 窓ががらりと開く音がして、海知は周囲を見回した。誰か、見ている奴がいるのか。しばらく首を振った後、セドリックの前に立つ霧鞘に向き直って、言った。
「おれも、その子を探してんねん。その子、誰?」
 階段をとんとんと降りる足音が鳴り、霧鞘はアパートの方に顔を向けた。海知が少し遅れて同じ方向を向いたとき、十野はその体をひょいと持ち上げ、セドリックの隣に停まっているタントカスタムに向けて投げ飛ばした。海知はドアに叩きつけられ、息継ぎをする間もなく引きずられて、今度は反対側に停まるセドリックに投げ飛ばされた。後部座席の窓が粉々に割れ、霧鞘が悲鳴を上げて尻餅をつく中、十野は顔色ひとつ変えずに、言った。
「うちの子が、どうしたって?」
 海知は目を回したように頭を振ると、立ち上がった。犯罪者同士の暗黙のルールが、ここでは通用しない。海知の頭が理解するよりも早く、十野はその耳を掴んで引っ張り上げた。
「人が聞いたら、答えんかい!」
「探してんねん!」
 海知は絞り出すような声で答えた。十野は耳を離すと、再度セドリックに叩きつけて、頭から血を流す海知に向かって、言った。
「何を知ってる? いや、待て」
 十野は、脅迫状に書かれていた『ルール』を思い出していた。家から出てはならないのだ。海知をぬいぐるみのように乱雑に掴んで、言った。
「ちょっと、家に来い」
 アパートの玄関まで引きずるように海知を引っ張り上げると、十野は片手でドアを開けて中に投げ飛ばすように海知の体を押し込んだ。靴を投げ飛ばすように脱ぐと、海知は血まみれの頭を振った。
「お邪魔しまっす! あんた、マジでどうかしてんぞ。カタギの方がヤバいな」
 十野は、当然のように玄関に上がった霧鞘が靴を丁寧に並べていることに気づいて、振り返りながら言った。
「きり……、いや。ちょっと。学校に行きや」
「お邪魔します」
 霧鞘は、息を切らせている十野と海知の間に正座すると、二人を交互に見て、言った。
「休むんなら、ちゃんと学校に伝えますから」
 十野は諦めたように腰を下ろし、同じくテーブルを囲んで座った海知に言った。
「なんで、将吉を探してる?」
 海知はスマートフォンを取り出すと、部屋の壁にスプレーされた落書きを見せた。
「こんなん、家に書かれてたら、気になりません?」
 十野と霧鞘は、顔を見合わせた。海知は場の主導権を取り戻そうとするように、シャツの袖で血を拭うと、咳ばらいをした。
「元々は、ちんけな犯罪者と警官の内輪揉めですわ。おれは、巻き込まれたんです。島野って奴が、まあー凶悪なやつでね。腐れ縁なんですけど、ちょいちょい一緒に仕事で組むこともあって。みんなねえ、滝岡の人間なんすよ。ガラ悪いでしょあの辺」
 十野は口を挟むことなく、先を促した。霧鞘がノートにメモを取り始めたのを見た海知は、続けた。
「島野にはちょっと今イチな感じの兄貴がおってね、この人が商店街で仏になって見つかったのが、月曜です。で、どうもこれは、悪もん警官の仕業ぽいと。兄貴が殺されたことで、島野はブチ切れてね。キレたら、めちゃくちゃしよるんですわ。警官の車に体当たりして、家族を殺しよった」
 霧鞘はメモを取る手を止めた。
「お話に、ぜんぜん登場しませんよね? なんでですか?」
「え、何が? おれか?」
 海知は一瞬考えて、十野と霧鞘の顔を交互に見た。十野には、力では勝てない。それは痛いほど分かった。霧鞘は頭の回転が速い。二人が合わさると、尋問マシーンのようだ。
「あとで出てくるよ。で、この警官ってのは、家族ぐるみでやりたい放題しよる。これはおれの勘なんですがね。息子さんは、報復合戦に巻き込まれた可能性がある。おわり」
 海知が言い終えると、霧鞘がメモ帳をとんとんと叩きながら言った。
作品名:Ravenhead 作家名:オオサカタロウ