小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」
オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

Ravenhead

INDEX|25ページ/38ページ|

次のページ前のページ
 

3


― 木曜日 深夜三時 ―
     
 眠れない。里緒菜にとっては、将吉の素直さが信じられなかった。自分なら力でねじ伏せられるまでは、ひたすら抵抗しただろう。親が人を疑うことを教えていないのか、将吉はゲームの参加者のように、なんでも言うことを聞く。極めつけは、夜が遅くなったことを察したときに島野と交わした『おとんが心配せんよう、ゆうといてください。追手が来たら起こしてもらえますか』という気の抜けた言葉。何度か部屋を見に行ったが、毎回眠っていた。家業が十野メモリアルサービスだということは、インターネットですぐに判明した。昼夜逆転型の親に育てられたのだろう。そういう意味では、不規則な勤務体系の父に育てられた自分も、同じだった。だからか、なおさら将吉の冷静さが、羨ましい。何にも怯えていない子供時代というのは、自分には無縁のものだった。そして今まで、その正当性を疑ったこともなかった。
『万引きはマジで怒られるとは思うよ』
 島野にそう言わせたのは里緒菜で、小学生の子供に充分な脅しをかけたつもりだったし、今のところ将吉の中では、親に怒られる怖さが、追手から守ってくれている得体の知れない他人の不気味さを上回っているようだ。里緒菜は暗い天井を見上げながら、思った。悪いことをしたら怒られる。それは、自分の幼少時代にはなかった健全な怖さだ。朝戸家には、そのようなルールはなかった。それが異常だとしても、犯罪者顔負けの手口を平気で使うのは、そうすることで守れる人間が世間のどこかにいるからだ。暗黙のルールのようなものだと思っていたが、他の面子に確認したことはない。本当に、そうなのだろうか。兄や父は、どう思っているのだろう。
 今やっている『これ』は一体、誰を守れるのだろうか。
      
 あてがわれた寝室の空気は冷え切っていて、電源を切られたスマートフォンは、居間に置かれたままだ。島野は気絶するように時折眠りに落ちていたが、体は警告を発し続けていた。子供の誘拐に抗議する意味で海知から逃げ出したのに、自分自身で子供を誘拐する羽目になるとは。浩義と孝太郎はさすがに疲れた表情をしていて、一時ごろに眠った。二人は一階にいて、里緒菜と将吉が二階。島野の『寝室』は一階だった。島野は金庫を破るときの静かな呼吸を体に呼び起こした。どうにかして電源を一度入れ、外の世界で何が起きているのか、確かめたい。もしかしたら、そのまま逃げだすことだって可能かもしれない。デリカは、住宅街から少し離れたコインパーキングに停めてある。キーホルダーすらついていない鍵は、玄関に置かれたカゴの中だ。考えが整理され、時計の針の音が世界中で最もうるさい音に聞こえるぐらいに神経を研ぎ澄ませて、島野は体を起こした。玄関の鍵の形を確認すると、居間に置かれたスマートフォンの電源ボタンを長押しして、まどろっこしい起動時間に耐えた。見つかったらどうなる? おそらく殺されるだろう。しかし、場所はここではない。どの道、自分に残された時間は短いのだ。画面がパスコードの入力画面に切り替わり、島野は素早くタップして画面を開いた。
 着信のアイコンの右上には、三桁の数字が表示されていた。大半が海知からなのは、間違いない。SMSメッセージのアイコンには、四十七件。島野はアプリを開いた。海知からのメッセージは三件だった。
『なに? キレてる?』
『どこにいんのよ、なあなあなあ』
『殺す』
 最後のメッセージが届いたのは、島野が姿を消した日の、午後二時だった。諦めたのだろうか。島野は、青白い画面をじっと見つめた。
        
 既読に切り替わった。海知は、ギャランの車内で体を起こした。たった今、三件のメッセージが読まれたのだ。海知は素早くメッセージを打ちこんだ。
『怒ってなーいよ。んもう、ショックだったよねえ』
 それはすぐ既読に変わり、しばらく画面を見つめていると、ようやく短い返事が返ってきた。
『どこにいるんですか』
『こっちのセリフじゃい。家には戻ってないな?』
『はい、さすがに。ちょっと頭冷やしてます。戻りましたか?』
『名簿取りに今から帰るかも』
 海知はそう打って、四発フル装填した散弾銃を手元に引き寄せると、続きを送った。
『ケータイの電源は、入れといてよ。社会人としてあかんぞお前』
      
 短いやり取りが終わりつつある。島野は、首の後ろを捕まえたまま手を離さない里緒菜に、言った。
「これ以上聞くと、怪しまれます」
「いいよ、打ち切って。電源は入れたままにして」
 島野がスマートフォンから手を離すと、里緒菜も同じように島野の首から手を離し、隣に座った。
「二人には言わんから、安心して。ちょっと、話を聞いてほしい」
 街灯の光が薄っすら差し込むだけの真っ暗な居間で、耳を澄ませている島野の方を見ると、里緒菜は続けた。
「私は、終わらせたい」
「将吉くんは、今日解放するんですよね? 脅迫文にも、そう書いてましたよ」
「そのつもり。でも、あの二人が考え直したときに、私には止める力がない」
 里緒菜は言葉を選んでいたが、島野は最悪の可能性について、考えた。ちょっと口が滑って、誰かが将吉の前でお互いの名前を呼んだとする。その時点で、あの二人は将吉を殺すことを決めるだろう。それが起きない保証はどこにもない上に、『そうなったら殺せばいい』ぐらいに、軽く考えている節がある。里緒菜も例外ではなく、この家の人間は皆そうだ。島野が考えていることを表情から読み取ったように、里緒菜は背もたれに体を預けた。
「タガメ以外で、人を殺したことはある?」
「ないです」
 島野が即答すると、里緒菜は細長い眉をひょいと上げて、驚いたような表情を浮かべた。
「ひとり目にしては、手際がよかったね」
 暗に、将吉を殺す人間として指名しているような言い方だ。顔を向けた島野は、里緒菜が外にすぐ出られる格好をしていることに気づいた。ベルトを巻いている上に靴下も履いていて、足りていないものがあるとすれば、靴だけだ。島野も、身の回りの物はほとんど体から離していない。どことなく、似ている。島野は言った。
「生きて帰したいんですね。それは、自分も同じです」
「やんな……」
「あの子は、おれの顔を見てますけど」
 島野が言うと、里緒菜は小さくうなずいた。
「見てるよね。でも、それは将吉くんを殺す理由にはならんでしょ。どっちかが死ねばいいんやから。島野さん、死ぬのは別にいいよね?」
 その整った顔が笑顔に変わったとき、島野は思わず身を引いた。里緒菜の目は澄んでいて、その言葉の重さや、相手に伝わったときの反応すら、気にかけていない。単純な理屈だ。どちらかが死ぬ。命の重さを天秤にかければ、子供の方が重いのは理屈に合っている。しかし、それは天秤の反対側にいる人間には言わないほうがいい。島野が答えられないでいると、里緒菜は顔をしかめながら器用に笑った。
「とにかく、これ以上の殺しは避けたいから。下手なことは言わんでね」
作品名:Ravenhead 作家名:オオサカタロウ