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オオサカタロウ
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novelistID. 20912
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Ravenhead

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「全部なくなったらいいって、それは僕も思いました。子供のときみたいに、二人になったらいいんですよね」
 将吉が言うと、霧鞘はうなずいた。門森の方を向くと、言った。
「杏樹、意見されたし」
「その言い回し、なんなん。いや、ほんまに大人って、いろんな付属品ついてくるから、大変やと思うよ。あー、なりたくねえ。真由、私らはずっと十六でいよな」
 門森が眼鏡をずり上げながら言うと、その真面目そうな表情とのギャップに、将吉が笑った。その笑い声は、起きかかっていた勝夫の耳にも届いた。迷子になった将吉を送ってくれた女子高生二人組が、今日も来ている。将吉の、屈託のない笑い声。あんな素直に声を上げて笑うことは、ここ数年なかったように思える。職業柄笑うことを許されない父と一緒にいる時間が長いからか、将吉は表情の変化に乏しかった。一緒にいるときは、できるだけ明るく振舞うようにしてきたが、やはり自分が持つ底なしの『暗さ』は、いつの間にか将吉に伝染していて、それは肩を並べて格闘ゲームに興じるだけでは、取り払えないものだった。目が冴えてきた勝夫は、起き上がって会話に加わるか迷ったが、結局やめにして、冷蔵庫からペットボトルのコーヒーを出した。そこで、ふと名前を思い出した。霧鞘という珍しい苗字は、どこかで見た。コーヒーを持ったままパソコンの前に座ると、勝夫はスケジュール管理のアプリを立ち上げた。ここ五年の仕事は、全て入力されている。二〇一九年、七月十一日、霧鞘友樹。記録に行きついた勝夫は、コーヒーを傍らに置いて、画面を眺め続けた。女子高生二人組の内、明るく話す方。二年前に事故死した兄の葬儀をやったのは、うちだ。
         
 過去まで、心理的に一切の分断がない一本道なのは、幸せなことだ。竹田あゆみは、大学で高雄と知り合った。あゆみは臨床心理士を目指していて、高雄は公務員試験を受けた。共に猫好きで、電車では率先して席を譲るタイプ。あゆみは、子供時代からずっとぶれることなく、髪型どころか髪留めの位置すらほとんど変わらず成長して、大人になった。自分の両親がそうだったし、両親は自分たちの両親がそれぞれ、そういう真面目で堅実なタイプだったと語って、笑った。
『ちょっと、引くかもよ』
 高雄が警告するように言い、十野勝夫と、その彼女であるかおりに会ったのは、串カツ屋だった。ソースの缶が真ん中にひとつしかなく、シェアしなければならない以上に、『竹田の友人』にカルチャーショックを受けた。かおりは鼻にピアスが通っていて、十野が手を離したらそのまま倒れ込みそうなぐらいに、華奢で頼りなく見えたし、十野は大きな龍の刺繍が入ったジャージ姿で、『痩せたら男前』と人生で百回ぐらいは言われていそうな、少し肉に包まれた顔の上を、顎髭がぐるりと囲っていた。高雄の友人だと知っていても、街中では真正面からすれ違いたくはない。
『竹田、お前マジで公務員になってきてるわ。頭から』
 高雄はそう言われて嬉しそうでいながら、若干寂しそうな表情をしていた。高校時代は悪仲間だった二人。その日の夜、『大学に入って軌道修正してなかったら、十野みたいになってたかも』と言って、高雄は笑った。高雄には、親と呼べる人間がいない。何でも、自分ひとりの力で勝ち取ってきた人間だ。卒業と同時にスーツ姿で市役所に勤め、窓口から裏方に回り、今は住民課の課長。その人生を隣で見ながら、力を合わせてここまで来た。自分は、過去を一本道で振り返ることができる。でも、高雄は? あゆみがそう思ったとき、克之が玄関のドアを開けて、靴を脱ぎながら『ただいま』と言った。
「おかえりー」
 洗濯物の中で隠れていたコテツが顔を起こし、廊下の方へ歩いていくのを見送りながら、あゆみは立ち上がった。克之は窮屈そうに制服の上着を脱ぐと、足元にまとわりつくコテツと歩調を合わせながら洗面所へ向かい、手洗いとうがいをした。
「お父さん、今日は定時よ」
 かおりが言うと、洗面所からひょいと顔を出した克之は、笑顔を見せるとすぐに引っ込めた。かおりは笑顔が顔に残ったまま、克之が帰ってくるまで考えていたことを、頭に呼び起こした。高雄は、高校時代から手前を完全に分断して、今を生きている。十野がそれを結ぶ唯一の糸で、荒っぽい話が苦手なかおりの前では、二人ともその時代のことは語らなかった。自分の記憶なのに、触れたくない場所がある。どうにかして避けようとするが、時折足を踏み外して、触れてしまうことも。
 高雄は酔うと、子ども時代の話をばらばらの時系列で語る。聞いてほしくてたまらないが、同時に記憶には残してほしくないように。その様子が痛々しくて、泣いたら負けの睨めっこをしているように感じるときもあった。
      
 海知のパーツショップ、タイ人が経営するヤード。そして、海知の自宅。全てが空振りに終わり、ハイエースの後部で、ベンチ型の座席に座る島野は呟いた。
「これ以上は、分かりません」
「時間がなくなってきたな」
 隣に座る浩義は、少し色づき始めた空を見ながら、呟いた。パーツショップは、内側からシャッターに衝突したような跡があったが、中はもぬけの殻だった。海知のレガシィが近くに置いてあったが、駐車禁止区域ではない港湾道路内に停められていて、手出しはできない状態だった。ハンドルを握る孝太郎は、ひのき荘の前をもう一度通り、言った。
「切り替えるぞ。直接対決はなしや。島野さんがおらんようになって、場所を変えたんやろ」
 孝太郎はハイエースを転回させて、家の方向へ向かった。こちらには海知の『名簿』がある。それに、朝戸家の屋根裏には、押収品から構成されたささやかな武器庫もある。コルトマグナムキャリーと、三八〇ACP仕様のアストラコンスタブル。ベネリ製の散弾銃、ノヴァが一挺ずつ。
 里緒菜は見た目が目立つから留守番をさせたが、その役目を割り当てられるのは、不満そうだった。徒労に終わったと聞けば、その顔には笑顔が戻るだろう。孝太郎は、バックミラー越しに浩義の顔を見た。疲れてはいる。しかしその目は、狩りの途中で獲物を取り上げられたようにぎらついていた。
       
「まさかの二連発、お疲れ」
 パソコンの画面に映る、少しざらついた映像。労いの言葉に勝夫は苦笑いを返し、光を積極的に跳ね返す竹田の広い額を眺めながら、言った。
「ライトの位置、ちょっと変えへんか」
「画面、飛んでる?」
「せやな。光源が二つある感じかな」
 勝夫の言う意味を理解した竹田は笑った。勝夫も笑いながら、思った。昔に比べると、恰幅がよくなっている。しっかりと中年への道を踏み出している二人がやるオンライン飲み会は、どちらかというと、仕事に関する意見交換の場だ。勝夫は、居間の方を振り向いた。ヘッドホンをつけた将吉は、格闘ゲームの真っ最中で、敵キャラクターから飛んできた拳を避けるように、体が左右に動いている。午後八時、普通なら家族で過ごせる時間。何が普通かはさておき、十野家の普通は、それが一日おきか、昨日までのように、親の不在が二日続くときもある。ようやく笑いが止まった竹田は、少し薄暗くなった額を庇うように手をかざしながら、言った。
作品名:Ravenhead 作家名:オオサカタロウ