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オオサカタロウ
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novelistID. 20912
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Ravenhead

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― 火曜日 深夜二時 ―
     
 事務所の二階から、トンチャイのいびきが聞こえる。海知はパジェロから降りると、上だけ作業服姿のチャラに言った。
「悪いね、パジェロ最高やったよ」
「ぶつけました?」
「びくともせんかったわ。つーわけで、これバラしてくれ」
 車代は、使用と廃棄で、それぞれ五万円ずつ。海知が五万円を手渡し、チャラはそれを金庫に入れると、大きなため息をついた。島野が乗ったままでいることに気づいて、言った。
「島野さんも、バラしますの?」
「んなわけあるか」
 海知はパジェロの助手席を叩き、島野がぎこちない動作で降りてくるのを見ながら、言った。
「お前、しっかりせえよ」
 島野の様子にチャラが目を丸くして、顎ひげを撫でた。同時にトンチャイのいびきが止まり、ヤード全体がしんと静まり返った。チャラは言った。
「幽霊を見た顔。島野さん、その顔は良くない。あんた、幽霊を見てる」
 海知が鼻で笑い、島野を事務所の中に小突きながら押し込むと、振り返って言った。
「スピリチュアルはやめろや。はよバラしてくれ」
 朝戸浩太の遺体を荷室に乗せたままプレスに放り込まれたパジェロは、金属音を鳴らしながら粉々に圧縮された。その様子を見ていた島野は、浅く息をしながら、チャラに言った。
「幽霊って、何?」
「あんたは、今回のことを残念って思ってる。念が残ると書いて、残念。それがあんたにずっと取りつく」
 チャラは手にポットを持っていて、紙コップに温かいお茶を注ぐと、島野に手渡した。トンチャイが腹を掻きながら二階から降りてきて、自分のカップにポットからお茶を注ぐと、ひと口飲んだ。海知がレガシィに乗り込み、特徴のあるボクサーエンジンの音が響いたとき、島野はお茶を飲み干して一礼し、諦めたように立ち上がった。今すぐにでも離れたいが、海知が起きている間は無理だ。助手席に乗り込むと、海知は言った。
「お前、寝てないよな?」
「はい」
 島野が答えるのと同時に、海知はシフトレバーを一速に入れて、ヤードからレガシィを出した。滝岡産業道路から出て、休業状態のパーツショップまで走らせると、少し離れた裏手に停め、エンジンを切りながら言った。
「パーツ屋を拠点にする。お互いの家は、カタがつくまで帰らん。ええな?」
「はい」
 島野は短く答えた。パーツショップは、海知の資材置き場だ。強盗で使う、ありとあらゆる道具が並んでいる。チクロンが置いていったボール型の猿ぐつわや、電気鞭。そして、外国人を脅すのに最も効果的な、短く切り詰めたレミントン製の散弾銃と、二挺の四五口径。弾はチャラが『販売』しているが、買ったことはない。事務所のソファの埃を払うと、毛布を投げ込むように被せて、海知は言った。
「寝とけ。戦争になる」
 その右手にはペンが握られていて、コピー用紙がひらひらと揺れている。島野がじっと見ていると、海知はコピー用紙を机の上に置いて、言った。
「まずは、誘拐したってことを、相手に知ってもらわんとな。夜中の内に、ポストにキメてくるわ」
      
 孝太郎は、錆びて閉じなくなった錠前が引っかかっているだけの、裏口の扉を開けた。蔦が絡まっていて、一度開けたら閉じることは不可能なように、動きが渋い。アパートの外周を囲う形で建てられたブロック塀と、アパート本体との間にある空き地は、元々は駐車場だった。今は雑草が伸び放題で、軽自動車の廃車が一台置かれている。孝太郎は、窓が半開きになった一〇三号室の前に立つと、息を整えた。道路に面していない側のひのき荘は、無機質なコンクリートの灰色だけで構成された、要塞のような見た目をしている。ベランダに柵に足をかけて乗り越えると、孝太郎はポケットからフラッシュライトを取り出し、部屋の中を照らした。靴を脱いで上がり、雑誌の山を避けながら全体を照らすと、空いた方の手に持ったスマートフォンで写真を撮った。海知の部屋は、ただ人が眠るだけの場所で、食器どころか、最低限の生活用品すら置かれていない。その生活範囲は、パソコンデスクに集約されていた。何かをむせて吐き出した跡の残るディスプレイの隣には、革製のカバーがかけられたノートが置いてあり、唯一、埃を被っていないことに気づいた孝太郎は、そのノートを照らした。しおりがついた立派な装丁。海知の殺風景な部屋を飾る、数少ない私物。孝太郎はそれを手に取り、ぱらぱらとめくった。最初の数ページは、箇条書きにされた『物件の特徴』。高速の出入口の場所や、どの路地を通れば信号を回避できるか。数行で表現された『物件』は、一枚あたり、六件。それが五ページ分。これが完了分なら、海知は、三十件の強盗を捕まることなくやってのけたということになる。孝太郎は全てのページを写真に収め、何枚か空白のページを空けた先に、関係者の情報を見つけた。それは強盗のメンバーで、本名やあだ名、正の字で表現された『組んだ』回数、五段階評価が書かれていた。三十件の内、十件に参加しているメンバーが目についた。評価は『三』。人事評価のような海知のコメントは、『話が長い』。全てのページを写真に収めた後も、孝太郎の頭の中には、その話が長いレギュラーメンバーのあだ名と、後ろに続く簡単な特徴が残り続けていた。
『チクロン。本業あり、家族あり、二十四時間以上の拘束は不可』
     
 玄関のライトが点いた音が聞こえるぐらいに、研ぎ澄まされている。目を開けた里緒菜は、時計を見た。午前三時半。居間のソファで、気づいたら眠っていた。立ち上がり、玄関のドアの覗き窓から外を見たが、雨が地面を打つ音だけで、人影はない。里緒菜は数分待ち、ドアを開けた。静かだった。タガメはハイエースの中で眠っているか、痛みに耐えているかのどちらかだが、どちらにせよ口にガムテープを巻いているから、叫ぶことはできない。窒息死している可能性もあるが、これ以上何かを聞き出す必要はないから、勝手に死んでくれれば手間は省ける。ハイエースの車内を覗き込み、横倒しになったタガメの身体が呼吸に合わせて動いているのを確認すると、里緒菜は郵便受けの前に立った。何かが投函されている。それは業務用の安っぽい封筒で、中に二つ折りになったコピー用紙が入っていた。里緒菜は早足で家の中に戻ると、それを居間のテーブルの上に置いた。中身は、可能な限り綺麗な字で書かれた、犯行声明文だった。その中に誤字を見つけた里緒菜は、裏には何も書かれていないことを確認し、再度読み返した。
『朝戸浩太くんをあずかっています。価格は二千万円。値下げ交渉も引き受けますが、値引きごとに骨を祈ります』
作品名:Ravenhead 作家名:オオサカタロウ