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オオサカタロウ
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novelistID. 20912
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Ravenhead

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 春香は窓の外を見ていたが、小さく息をついた。夜の八時。晩御飯すら食べていない。殺風景な港が近くなっていて、ネオンで鮮やかだった外の景色はいつの間にか、単調なコンテナや、山積みにされた材木の繰り返しになっていた。浩義と知り合ったのは、高校生のときだった。殺風景な場所で煙草を片手に時間を潰す、無鉄砲な不良だった春香と、警察官をやっている今の姿からは考えられないぐらいに、厄介者の雰囲気をまき散らしていた浩義。風紀第一係に異動してからは、ようやくサラリーマンのような規則正しい生活が少しだけ見込めるように、変わってきていた。機動隊にいたころは、給料を持って帰ってくる以外は、体だけ一人前の子どもを世話しているような状態だったのだ。仕事が九十七パーセントで、残り三パーセントが私生活。浩義には、その三パーセントを全力で春香と浩太に振り向ける真摯さがあったし、それは今でも揺らいでいない。ただ、ようやく家族の時間が取れるようになった矢先がこれでは、あまり希望が持てない。一分足らずの内に様々な考えが頭を巡った後、春香はようやく言った。
「気を付けてね。地元の刑事にも、手柄を譲ってあげてよ」
      
 海知は、シフトレバーを四速に入れ、パジェロのアクセルを底まで踏み込みながら、体を前後に揺すった。助手席に座る島野の方を見ると、その肩を小突いて言った。
「ディーゼルはあかん。これでどうやって煽れっちゅうねんな」
「いや、十分スピード出てます」
 五十キロ制限の道を、時速八十五キロで走っている。普段速い車に乗っている海知からすれば鈍重に感じても、重いトロッコで坂道を下っているように、パジェロの車体は勢いよく加速を続けていた。五速に上げるか迷うように、シフトレバーに手を乗せた海知は、指でとんとんとシフトノブを叩いた。
「このままトルク重視でいくか、もう一発上げるか、どないや?」
「ほんまに、何をしてるんです?」
 島野は、このドライブの目的を全く聞かされていなかった。パジェロの助手席に乗り込み、海知が市街地をぐるりと回って、朝戸家の前で停まったのが、午後七時だった。海知はまだ歯に挟まっているニラを舌で探りながら、言った。
「ないひょ」
 内緒と言いたかったのだろうが、さすがにこの時間まで起きっぱなしで、海知に付き合うのは辛い。島野は言った。
「あの、ほんまに危ないですって」
 パジェロのヘッドライトは点いていない。数十メートルおきに設置された街灯だけが光源の状態。島野の言葉を、海知は笑い飛ばした。無灯火のドライブ。さっきまでは、豆粒ほどにしか見えなかったが、急激に追い上げていた。
 今は、数百メートル先を、朝戸浩義の運転する白のハリアーが走っている。
     
 浩義は、スマートフォンがポケットの中で震えるのを感じた。おそらく、里緒菜から。内容を確認したいが、運転中に堂々と見るわけにもいかない。
「春香、ごめん。充電ケーブル出してほしい」
「うん」
 ダッシュボードを開けた春香は、ケーブルをするすると伸ばし、USBコネクタに片方を差し込むと、充電口を差し出した。
「ありがとう」
 浩義はスマートフォンを抜き出し、充電ケーブルを差し込んだ。画面が光り、メッセージのプレビュー画面が映った。勘の通り、里緒菜からだった。
『ライター、弟に渡したみたい』
     
 海知はシフトレバーを五速に入れた。島野はドアグリップを掴み、言った。
「海知さん? 海知さん! 海知さん!」
「聞こえとるわ! 何?」
「当たります、マジでぶつかる!」
 パジェロは、時速九十キロでハリアーに追突した。リアウィンドウが粉々に割れるのと同時に白い車体が大きく左に逸れ、海知は予測が外れたように目を見開いた。
      
 横滑りを起こして歩道を乗り越えたハリアーは、材木置き場にフロントから吸い込まれるように激突した。浩義は咄嗟に右ハンドルを切ったが、積み上げられた丸太を避けるだけの時間はなく、いびつに飛び出した一本がフロントウィンドウを貫いて、春香の頭をヘッドレストごと叩き潰し、そのままリアウィンドウから飛び出した。運転席と助手席の間に少し割り込む形で、シートベルトが肩からずれていた浩太は、丸太からは逃れたが、上半身を引っ張られてリアシートの背で首の骨を折り、即死した。串刺しになったように宙づりで停まったハリアーの運転席で、開いたエアバッグをどけることもなく、浩義は意識を失った。
   
 スピンターンして停まったパジェロの運転席で、海知はヘッドライトをようやく点け、言った。
「逸れるとは思わんかった」
 島野は助手席で、震える体を抑え込むように、ドアグリップとシートカバーを握りしめた。
「なんてことを……」
 海知はパジェロを材木置き場に入れると、運転席から降りて、スマートフォンのライトでフロントバンパーの前に取り付けられた鋼材を照らした。
「まっすぐ当てたのに、分からんもんやな」
 島野が助手席で固まっていると、海知はドアを開け、島野の頭を掴んで引っ張った。
「他人事ですか!?」
 海知は雨に濡れながら運転席を覗き込み、助手席側に回って顔をしかめた。
「うわっ、これは見ん方がいい」
 その言葉は間に合わず、島野は、血で真っ赤に染まったエアバッグと、中途半端な位置で挟まれたままになった左手を見て、その場にうずくまった。息ができない。今までに、人が死ぬのは何度も見た。しかし、強盗の標的ということで、どこか割り切っていたし、心の準備もできていたのだ。これは根本から違う。動けないでいる島野から視線を逸らせると、海知は頭を抱えながら言った。
「ん−、計画が狂ったな。よし」
 島野がようやく立ち上がると、海知は後部座席のドアを開け、ぐったりと横向きに倒れた浩太の体からシートベルトを抜いた。体を抱え上げると、その場から動けないでいる島野に気づいて、言った。
「ドア閉めろ」
 島野が言う通りにすると、パジェロのリアハッチを開き、荷室に浩太を寝かせた海知は、何も言うことなくリアハッチを閉めて運転席に乗り、追いついてきた島野が助手席に乗り込むなり言った。
「新しい計画や。ちょっと頭で整理するから、黙っとけ」
 ヘッドライトが点いた状態で、滝岡地区へ続く道路を走らせて数分が過ぎたとき、海知は言った。
「朝戸家は、警官一家や。お前の兄貴を殺したんは、あの浩義って奴で、間違いないんやな。ほんでもって、奴は所轄が違う」
 こんな事態になってから確認することではない気がしたが、島野はうなずいた。
「つまり、地元の警察には手出しできんし、家長のご老体は警らやから、できることは限られてる。合ってるか?」
「はい」
「息子さんは残念ながら死んでる。それは変えようがない。でも、あいつらは、自分で探そうとするはずや。ちゃうか?」
「誘拐したことに、するんですか?」
「身代金の相場は分からんが、山分けにして逃げようや。あ、ニラ取れたわ」
作品名:Ravenhead 作家名:オオサカタロウ