火曜日の幻想譚 Ⅱ
142.ピアス
小さいころから、オシャレなんてものには全然、興味がなかった。
親からもらった大切な体なんて、そんな大層な考えは持っちゃいなかったが、それに穴を開けてまで自分を着飾ろうなんて考えは、自分の心中には1ミリもありゃしなかった。まあ、たまたまそういう人間に生まれついただけなんだろう。そして、自分を美しく見せることに無頓着なまま、死んでいくのだろうと思っていた。しかし、どうやらここに来て、そうもいかなくなってしまったのかもしれない。
大学を出て数年、ふらふらとフリーターをしながら小銭を稼いできた。だが、そろそろ将来的な事を考えなくちゃならないな、と思い出したころだった。
「いっそ、日本から出ていこうか」
どういう考えでそんな結論にいたったのか覚えていない。だが、その考えに従って、かき集めた小銭で東南アジアの国へと旅立った。
海外でもすることは、フリーターとそんなにかわりなかった。それほど、頭を使う労働はしなかったから。おぼつかない英語と、身ぶり手ぶり。それらを駆使する事で、大抵のコミュニケーションは取れた。あくせくと日本でサラリーマンをするよりはるかに貧しく、先の見えない暮らしだ。だが、それが自分には、なんとも性に合っていたようだった。
しばらく、そんな生活を続けていると、いつの間にか、近場に行商に来る少女と心安い間柄になっていた。この地から数キロほど離れた山中に住む、部族の娘らしい。いっしょに勤める男が、にやにやしてひじで小突き回しながら説明してきたのをよく覚えている。どの国でも、こういうときに行うしぐさは変わらないらしい。
日本に帰る気は、もう既になかった。この場所の居心地の良さも気に入っていた。そういうわけで、この地に骨を埋める気になった。まあ、なんというか、彼女の家に婿養子に入る事にしたんだ。
挙式の日の翌日、部族のおきてに従って、ピアスを開ける事になった。なんでも魔除けの意味があるらしく、部族内の人間は全員、体のどこかに開けているらしい。
ここだけの話、日本人である事を捨てるよりも、体に穴を開ける事の方に抵抗があった。しかし、今では元気な子供も生まれて、裕福な生活ではないがそれなりにうまくやっている。
だが、一つだけ。どうもピアスを開けるのが、くせになってしまったようだ。だが、まぁ、こんな人生も悪くはないだろう。顔中に付けられている大量のピアスを指でもてあそびながら、オレは思った。