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火曜日の幻想譚 Ⅱ

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144.虫たちの行方



 普段生活していて、虫が消えることはないだろうか。

 例えば、ごくごく小さいハエ。彼らは視界に入ったかと思うと、次の瞬間もういない。本などに取り付くシミ(紙魚)も、その類だと言っていいだろう。昆虫からは外れるが、ハエトリグモもその傾向がある。さっきまでちょいちょいマウスカーソルを相手にしていたかと思うと、次の瞬間にはもういない。彼らはまるで忍者のように、瞬間的にどこかへと消えうせてしまうのだ。

 反対に、おまえ、いつの間にいたの? という場合も数多くある。

 代表例はやはりわれわれの天敵、ゴキブリではないだろうか。ふっと目を離して、また戻すと、突然そこにいる。さあ、出かける準備が済んだと思い、忘れ物はないかと見回すと、やはりそこにいる。そのゴキブリの天敵、クモたちも前述のハエトリグモを含めて、急に現れる傾向がある。彼らはまるで、瞬間移動をしているかのようだ。


 近年、そんな虫たちがいきなり消失、出現する現象の説明に一つの学説が提唱された。その学説は奇妙としか思えないが、最近の人間を考えるとさもありなんと言ったところだ。それ故、学会でも賛否両論を巻き起こし一躍話題となっている。
 その説の中身だが、どうやらこれらの虫たちは異世界に転生したり、戻ってきたりしているのでは、というものだ。今、人間界を見渡すと、転生して勇者になったり、勇者にならずともチート性能で、素晴らしい仕事をしている人々がいっぱいいる。人類がこれだけ、異世界と行き来しているのだ、虫だって、転生していてもおかしくないというわけだ。
 恐らくだがふっと消えた彼らも、きっとこのさえない世界を脱出して大活躍しているに違いない。人間のような巨体の生物を一撃でほふったり、知恵を用いてやっつけたり。そんな胸のすくような活躍をし、見目麗しい異性をゲットして、充実した日々を生きているのだろうと思われる。
 じゃあ、急に現れる方はどうなんだって? それは逆に帰ってきたほうだ。夢のような異世界から急に帰還させられた彼らは、殺虫剤や丸めた新聞紙で現実を思い知るんだろう。あっちの世界でいい思いをしてきたのかもしれないが、やはり現実は厳しいのだ。

 だからといって、うらやましいともかわいそうとも思えないのは、私が異世界に転生したことがない上に、人の身だからなのかもしれない。


作品名:火曜日の幻想譚 Ⅱ 作家名:六色塔