火曜日の幻想譚 Ⅱ
145.真実
ある日、甲斐の元にはがきが届いた。
村山中学2年2組 同窓会のお知らせ
拝啓、△△の候、皆さまにおきましてはますますお元気に
お過ごしのこととお慶び申し上げます。
この度、下記の通り同窓会を開催することとなりました。
何かとご多忙のこととは存じますが、お時間の許す限り、
ご出席を賜りますよう、よろしくお願いいたします。
尚、準備の都合上、6月8日までにご返信くださいませ。
日時 令和××年 7月8日
会場 □□ホテル
会費 5000円
幹事 松岡 亜樹枝
敬具
甲斐はこのクラスに、苦い思い出があった。当時バスケ部に所属していた甲斐は、その圧倒的な能力で3年生を押しのけ、レギュラーの座を手にしていた。そして訪れた大切な試合、彼はいつもなら容易く決めていたはずのシュートを外してしまう。さらに試合も、くしくもシュート一本分の点差で敗北してしまった。
部内のほぼ全ての人間に白い目で見られながら、甲斐は遠征先から返ってきた。せめて、クラスのみんなや担任の三原先生は、健闘をたたえてくれるはずだ。そう思い、教室の扉を開ける。
みんなの目が、一斉にこちらを向いていた。それだけじゃない。みんな口元に薄っすらと笑みが浮かんでいる。
「クラスのみんなも、僕のことをあざ笑うのか」
甲斐は一目散に走り出し、家へと逃げ帰った。そしてその日以降、学校に出席することはなかった。
それ以来、引きこもってしまった甲斐は、人生の大半を自分の部屋で過ごしてきた。父の仕事の関係で家自体は転々としたが、トイレやコンビニ以外では、自室というテリトリーからは出ようとしなかったのだ。しかし、自分がこうなるきっかけを作ったクラスへの恨みは、白髪が混じるような歳になっても忘れていなかった。
同窓会当日。
甲斐は同窓会会場に来ると、おもむろにライフルを構えて、かつてともに学んだ同窓たちにぶっ放していった。手足が吹っ飛ぶ高橋。土手っ腹に穴が開く小沢。脳天をぶち抜かれる中川。皆、声にならないうめき声を挙げ、あの世へと旅立っていく。
「ばか! なんてことすんのよ!」
昔は見目麗しい美人だったが、今やすっかり老けて麗色が衰えた幹事の松岡が叫ぶ。
「あのとき、みんな俺のこと見て笑ったろ。どんだけ傷ついたか知ってんのか?」
ここぞとばかりに怒りをぶちまける甲斐、だが、松岡の口からは意外な言葉が飛び出してくる。
「あんたもあたしたちがどれだけ傷ついたか、知らないでしょう?」
「!?」
どういうことだ、銃を構えながら甲斐は話を聞く。
「あのとき、せめて私たちは甲斐くんを笑顔で迎えようって、みんなで約束して待ってたのに、逃げちゃったから、三原先生、それを気にして教師辞めちゃったのよ。おかげでクラスは大混乱、翌年まで引きずっちゃって、第一志望の高校に行けた子すらほとんどいなかったんだから」
「…………」
「その後も、素行が悪くなっちゃった子や、メンタルを病む子ばっかりで、あんたを救えなかったことで、みんなひどい人生を送ってた。そして3年前の今日、三原先生は首をつって亡くなったわ」
「……三原が?」
「遺書にはあなたのことばかり書いてあった。甲斐くんを救えなかった、甲斐くんを本当に何とかしたかったって、そればかり。だから私、先生の遺志をくんだのよ。あなたを含めたみんながちゃんと集まって話し合えば、これからでもきっとみんなやり直せるって思ったのに……」
松岡は泣き崩れる。一瞬、甲斐は情にほだされそうになったが、そんなのは関係ないと思い直し、松岡の胸に一発打ち込んでから、言葉を浴びせかけた。
「で、おまえはどうなんだ。金持ちお嬢様な上に顔はいい、さらに勉強もできたやつが、ろくでもない人生、歩んでいたわけはないよな」
言い終わった途端、血まみれの松岡は上半身をはだけさせた。痩せぎすな乳房があらわになる。
「私、甲斐くんが好きだった。ずーっと、ずーっと、好きだった。だから、親に勘当されても、結婚もセックスもしないで、ずーっと待ってた」
松岡は胸の傷を見せつけるようにこちらに歩み寄った。
「あなたさえいてくれたら、ろくでもない人生じゃなかったのに……」
そう言うと、押し倒すように甲斐の唇をふさいでこと切れた。
血の味がした。でも、とても温かかった、甲斐の目にはいつの間にか、涙があふれ出していた。