火曜日の幻想譚 Ⅱ
146.雨
そういえばその日は、雨が降っていた。パパがママを殴って、ぐったりして動かなくなったあの日。
そういえばあのときも、夜には雨が降っていた。いっしょに海水浴へと出かけた友人の成瀬君が、海から上がってこなかったあの日の夜。
そういえばあの夜も、雨が降っていた。施設に暴漢が押し入って、職員の高野さんがめった刺しにされたあの夜。
あの日だって、雨が降っていた。たまたま立ち寄ったファミレスの駐車場で銃撃戦があり、暴力団関係者が数人死んだあの夜。
あの日もそう、どしゃぶりの雨だった。知人の乗り遅れた飛行機が墜落し、乗客全員生存が絶望的だったあの日。
いつだってそうだ。彼の周りで人が死ぬときには、決まって雨が降っている。
単なる偶然だろうか? そんなことはないだろう。誰かの涙雨なのか?それもまた違う気がする。でも彼の周囲で人が死ぬと、必ず雨が降っているんだ。それなら、彼自身が死んだときはどうなるんだろう。そのときに空は、果たして大地を濡らしているのだろうか。
彼は、その問いに対しこう考えていた。個人的には晴れていて欲しい。自分の死は、カラッとした晴れの日であってほしい。
朝起きて、週間天気予報を見る。向こう一週間、雨の気配はない。そしてカーテンを開いて、今日の天気を確認する雲ひとつない、気持ちのいい快晴。
彼は小声でつぶやく。
「死ぬには、いい日だな」
ロープと踏み台を持って、人里離れた森へ出かけていく。人生最後の願いを、叶えるそのために。
彼が縊れた後、天候が急変して土砂降りになったことを、彼自身は知る由もなかった。