火曜日の幻想譚 Ⅱ
153.刃跳び
「せいぜいあがくこったな!」
そんな言葉の後、俺は背中を強く蹴られた。自らの体で扉を押し開ける感覚と、広間に転がり出た感触、そしてまぶしい光。その円形の広間の中央には、何らかの機械が動い……。
ヒュンッ!
広間の状況を把握しようとした瞬間、何かが横切ろうとする。俺は、思わず反射的に跳び上がって「それ」を回避した。「それ」は、ちょうど跳び上がった俺の下を通り過ぎていく。
俺は、すぐさま体勢を整えて「それ」の正体を確認する。それが何かを認識した瞬間、冷や汗が流れ出る。
巨大なチェインソー。木材などを切るのに使う、あの工具。あれの特別大きなやつが左から右に三本、なぎ払うようにやってきたのだ。そこまで把握した瞬間、再び左から何かがやってくる感覚。
ヒュッ!
再びやり過ごしてやっと気づく。このチェインソーは、最初に見た中央の機械に設置されている。そして、この円形の広間をグルグルと回転し、部屋にいる者に自らの刃を当てようとしているのだ。
目線を彼方に向けると、広間の丁度反対側に同じ境遇の者がいることに気づく。だが、彼はもう相当長い時間ここに閉じ込められているのだろう。ふらふらで足元がおぼつかない。そうこうしているうちに、再び刃がやってくる。
ビュンッ!
三度目のチェインソーをかわす。どこかに逃げ道はないだろうか。蹴り出されてきた扉は、当然のごとく貝のように口を閉じたまま開くことはない。床に寝そべっても、3本のチェインソーのうち一番下のものが当たるようになっている。
広間の中央でチェインソーを回している機械の上に乗るのはどうだ?そう思い中央の機械に目を向けた瞬間、落胆が襲う。機械の中心部は針山に覆われ、とても安住の地にはなり得ない。
じゃあ、壁によじ登れば……?そう思い壁を見上げると、窓が設置してあるのに気付く。窓の向こうには、残忍な男たちがこれまたチェインソーを持って待ち構えている。壁をよじ登ろうものなら、あれで指や手を切り落とされるという寸法だろう。
やはり、どこにも逃げ道はない。絶望的な結論が出た瞬間、刃の時間が訪れる。
ヒュッッ!
四度目の刃をかわした直後、何か鈍い音が聞こえた。何事かと思い見渡すと、反対側の同士が、精魂尽き果てたのかぼんやりと立っていた。体の半身に回転する刃を受け止めて。彼は、俺を空虚な目で見つめ、何か言いたげに口をパクパク開かす。それから、筆舌に尽くしがたい光景が幕を開けた……。
その光景が繰り広げられている間、俺は悲しいとか気持ち悪いとか思うことはなかった。ただ少しの間、チェインソーの動きが止まる、その喜びの方が大きかった。
再び壁上の窓に目をやる。ニヤニヤとした不快な笑いを浮かべ、目の前に広がる無残な光景を、何の痛痒もなく眺めていられる男たち。
やがてチェインソーは、肉を切り刻み終え再び無慈悲な回転を始める。俺はまた、悪夢のような刃跳びを繰り返さねばならない。
次にああなるのは、俺の番だ。絶望を感じながら、回るチェインソーを跳び続けていく……。