火曜日の幻想譚 Ⅱ
161.7本のペットボトル
今日が公演初日。
長い長い下積み時代を終えて、ようやくつかんだ主演の座。小さい小さい劇場で、一週間だけ開催される舞台演劇。
私はこの舞台に全身全霊を賭けていた。そして、見事に主役の座を射止めることができた。これ自体この上ない喜びだが、私の気持ちは緩んでいない。まだ主演と決まっただけなのだから。それだけ大変な思いをして手にした役だ。くだらない気の緩みでこの舞台を台無しにしたくはない。
そして、私のこの舞台後のヴィジョンは全くない。少なくとも確実に言えることは、面白くもないことをして余生を過ごす気は毛頭ないということだ
そんな状況で、どうすれば最高のパフォーマンスを発揮できるだろうか。考えに考え抜いた結果、とある方法を取ることにした。
昨日。
私は7本のペットボトルに、ミネラルウォーターを入れる。さらにその中の一本に、微量の毒物を混入させ、そのボトルを自分でも分からなくなるぐらいシャッフルし、冷蔵庫に入れておく。
そしてやってきた舞台前。
冷蔵庫からペットボトルを1本つかみ取り、キャップを開けて一気に飲み干す。毒は遅効性だ。舞台の上にいるうちは、生きていられるだろう。
だが、いつか「当たり」をつかめば、その日の舞台を演じきって終わり。それがいつやって来るか分からない状況ならば、悔いの残る演技は絶対にできやしない。これならば、一回一回演技に打ち込める。さらにこの公演を終えた後、くだらない俗事に煩わされることもない。
今日で最後か、まだ明日も演じられるか。そんな思いを抱きつつ、私は舞台に飛び出していく。