火曜日の幻想譚 Ⅱ
160.フォークダンス
突然、歯のやつらがフォークダンスを始めやがった。
「てれてって、てれてれ、てってって」
ご丁寧にオクラホマ・ミキサーの伴奏つきだ。
上の歯と下の歯が恭しく手をつなぎ、ゆっくりと口内を回りだす。動きを見る限り、上の歯が男子、下の歯が女子らしい。こいつらに男女の区別があったことに驚いたが、もっと驚いたのはそこそこうまいことだ。女子である下の歯は愛らしくステップを踏み、上の歯である男子はそれを華麗にエスコートする。ガチガチと上下の歯が触れ合い、ギチギチと歯が左右に展開していく。
俺は、興味と困惑が半々になった感情で、彼らのダンスをながめていた。
しばらく見ていると、どうも動きがぎこちないやつがいる。いずれもそろって親知らずどもだ。親知らずの計4本は、どうも手をつなぐ時にためらいがあるようだ。
「おいおい、思春期じゃないんだから、手ぐらいしっかりつなげよ」
ちょうどヤジの一つも飛ばしたい気分だったので、そんな声を掛ける。すると、親知らずの一人が申し訳無さそうに言った。
「すみません。僕ら普段、かみ合ってないから、緊張しちゃって」
あぁ、そうか。歯肉に埋まって、他の歯と触れ合ったことがないのか。それじゃあ、しゃあないな。それに引き換え、前歯や八重歯のハッスルぶりときたら。こいつら、心底楽しそうに踊ってやがる。
「よし、次はマイム・マイムだ」
5巡ほどして飽きたのだろう、歯どもは隊列を変え、一つの大きな輪っかになる。
「マーイム、マーイム、マーイム、マーイム……」
俺の口内で、歯の輪っかが大きさを自在に変えていく。陰キャである親知らずたちも慣れてきたのか、このダンスでは上手にステップを踏んでいた。陽キャの前歯たちは言わずもがなだ。
全く。楽しそうだな、こいつら。俺はため息をつきながら、ダンスに興じる歯たちを遠い目でながめる。
ゆうに20分はたったカップ麺を前にして。