火曜日の幻想譚 Ⅱ
164.助言
デレックは今日の仕事をすべて終え、大きく息を吐いた。
心理カウンセラーの彼は、今日も何人かのクライエント(相談者)に助言を与えることに成功した。大昔の不快な思いが断ち切れないセシリー。悪い事態が起こるのではないかと考えてしまい、なかなか一歩が踏み出せないアレン。他人の不幸にまで共感してしまう、ある意味心優しすぎるニコレット。彼らに、嫌なことは考えるのを止めるよう助言を与えたのだ。不快な考えに執着することによって苦しむのなら、その考えを止めた方が良い。そうする方が、精神衛生上良いだろうと説いたのである。
面談の記録を読み直し、デレックは笑みを漏らす。今日のカウンセリングは、我ながら会心の出来だった。今後もこうありたいものだ。
ふと時計に目をやると、思ったよりも時間が過ぎている。恋人ジェシーとの待ち合わせの時間まであと少し、デレックは慌てて上着をつかんで退室した。
予約していたホテルのレストランに、ジェシーとともに赴いたデレックは、奇妙な偶然に驚いていた。それというのも、そのレストランのソムリエが今日のクライエント、アレンだったからである。デレックはアレンに語りかけ、ジェシーを「その気」にさせる極上のワインを頼むと耳打ちする。
まずは食前酒。アレンは薀蓄をとうとうと説明する。
一しきり説明が終わり、料理の紹介。こちらも、レストランのメニューをいちいち説明していく。ジェシーは飽きているのか、あくびをし始めた。
料理が来てからも、ワインの蘊蓄が延々と続く。料理はすっかり冷め切り、ジェシーは自慢のブロンドの手入れを始め、デレックはイラつく。しかし、アレンの口から言葉が途切れることはない。
アレンが食後酒を持ってきたとき、ジェシーは既に姿を消していた。デレックは恨みがましい目でアレンを見上げる。
「アレン。君のおかげで僕は今日寂しい夜を過ごすことになりそうだよ」
アレンは、顔色一つ変えずデレックに言い放った。
「そんな嫌なことは、考えるのを止めた方が良いですよ」