火曜日の幻想譚 Ⅱ
175.弟の帰還
20年近く音信不通だった弟が帰ってきた。
オネエとなって。
家の敷居こそ跨がせたものの、母は信じられないといった顔つきだ。すっかりカンカンの父は、「勘当だ!」と一喝したきりそっぽを向いている。
当の弟は、この両親のリアクションもすでに想定の内だったようだ。すました顔で、
「帰って来いっていうから帰ってきたのよ。それで文句言うなんてどういうつもり?」
とうそぶいた。……そういえば、昔から怪しかったなあと私は思い返す。あれは、弟が部屋で遊んでいるときだった。ハサミを借りようとして私が突然扉を開けた際、弟はベッドで男子の友達のパンツの中をまさぐっていたのだ。当時の私は、男の子というのは奇妙な遊びをするもんだなあと思うだけだった。でも、それも今日やっと合点がいったというわけだ。
私は、弟にオネエの世界について根掘り葉掘り聞いてみる。弟もまんざらでもないのか、貴重な話をたくさんしてくれた。
「ま、姉貴の読んでるBLとは、またちょっと違う世界よね」
私が腐ってるの、ばれてたか。
その頃、母は電話で平謝りに謝っていた。どうやら弟に見合いをさせる手はずだったらしい。
見合い相手はオネエです、なんて面と向かって言えないのだろう。難儀しているのが遠くからでもよくわかる。そんな中、父は相変わらず苦虫をかみつぶしたような顔をしているようだ。
「もういいかしらー? 帰るわよっ!」
両親に十分聞こえる声で叫び、弟は再び荷物を手に取った。
「そういえば、アレ、取っちゃったの?」
見送りに出た玄関でふと疑問に思い、尋ねてみる。
「ええ。女性器もついてるわ」
弟はこともなげに言ってのけ、もう二度と来ることはないであろう実家を出て行った。
私は快哉を叫びたい気分だった。しきたりに縛られる両親に、しっぺ返しを食らわせたことがまず痛快だった。そしてさらに、弟が人生をこれでもかというほど謳歌していることも喜ばしい。それだけじゃない、弟が男性器を失ったことで、うちの家系が終焉を告げたことだって嬉しいのだ。あぁ、でも養子とかいろいろ手はあるか。でもまあ、それはそれとして。
この家の古い因襲に従わざるを得ず、結婚もできずに老いて朽ち果てていくだけの私。そんな私にとって、ざまあみろと叫びたいほどの良いニュースばかりだ。
終幕する家から立ち去る弟を、胸のすくような思いで私は見送った。