火曜日の幻想譚 Ⅱ
178.親友の墓参り
矢上君の命日なので、妻と二人で墓参りに行くことにした。
矢上君は、私と無二の親友で、誰からも好かれ、成績も優秀、将来を有望視されていた。だが、大学を卒業する少し前に、彼は早すぎる死を迎えてしまったのである。
彼が亡くなったとき、私は留学中だった。日本に戻ってきたときは、既に通夜も四十九日も終わっており、私は、手早く彼の遺影に手を合わせることしかできなかった。彼の死に目に会えなかったことは、心に刺さったトゲのように、いまだに私をチクチクと苛んでいる。だが、私は彼のことなどおくびにも出さず、俗事に打ち込まざるを得なかった。
そして、それらが一段落した今、やっと私たち夫婦は落ち着いて、彼の墓を訪れることができたのである。
「もう、40年以上も前になるんだな……」
矢上君の墓に手を合わせ、もくとうしながら思いをはせる。同じ大学で学び、彼と面識のあった妻も、私の傍らで合掌している。
矢上君は優秀な男だったが、私しか知らない奇妙な癖が一つだけあった。彼はまるで獣のように、火を嫌っていたのである。
自分で火をつけるのはもちろん無理なので、風呂は銭湯で、食事も他人に任せきり。冬場もストーブなどは使わず、厚着で何とかしのいでいたような男だった。
私が、火を使わぬ理由を問うと、笑ってごまかすのが彼の常だった。だが一度だけ、本当のことを語ってくれたことがある。
「僕はね、火難の層があるんだ。小さい頃、占い師に見てもらって言われたんだよ」
彼は私にだけ、そう打ち明けてくれた。
「矢上君。君は優秀な男だったし、誰からも好かれていたな」
私は、墓に水をかけながら呼びかける。
「火が苦手という奇妙なところも、あったがな」
「え?」
何気なく言った私の一言に、妻が動きを止める。
「矢上さんが?」
「ああ、そうだよ」
私は笑って、上記のエピソードを話した。それを聞いた妻は、不審な顔でつぶやく。
「矢上さん、タバコの不始末で自宅が火事になって、逃げ遅れて亡くなったのよ」
「……なんだって?」
私は驚いて思わず聞き返してしまう。あれほど火が嫌いだった矢上君が、タバコを吸うなんてことは絶対にない。まず、ライターやマッチを持ち合わせているはずがないのだから。
「じゃあ……なんで矢上君は」
誰かに殺されたとは考えにくい。誰からも好かれていた男だったし、火を嫌う以外は品行方正な男だった。私はいろいろと彼の死の可能性を考える。その結果、一つだけ思い当たることがあった。
私は留学する直前、妻に告白して交際を始めたのだった。以前から思いを打ち明けようと思っていたのだが、つい照れくささから先延ばしになってしまい、留学の直前という変なタイミングになってしまったのをよく覚えている。妻と面識のあった矢上君は、実は彼女への思いを胸に秘めていたのではないだろうか。だが、私の告白によってその思いは、打ち砕かれてしまった。やけになった矢上君は、慣れないタバコを、いや、火を使った。
「じゃあ、本当は事故ではなく、自殺? そしてその引き金を引いたのは……」
遠い昔の真相に思わず触れてしまった私は、体をわななかせる。その傍らで妻は、何も気にせずせっせと線香に火をつけていた。