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火曜日の幻想譚 Ⅱ

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179.花金



 数日前から、順一の身の上に奇妙なことが起きている。

 朝、駅でその電車を待つとき、皆さんはどうするだろうか。大抵の駅で、ドアの来る位置に2列で並ぶようになっているのではないだろうか。
 当然、順一もそのように並んでいる。その2列で並んでいる隣の人。その人が、月、火、水、木と4日連続で、線路に飛び出しているのである。

 このおかげで、彼は4日連続で会社に遅刻した上、筆舌に尽くしがたい光景を見る羽目になってしまった。

 別に彼が、何かをしたわけではない。押したりしていないのはもちろん、意識して死相が出ている人の隣を選んだわけでもない。それに、4人いずれも飛び込んだ理由は判明しており、彼に非は全くないことが証明されている。

 だが、悪くないと言っても、普通はなかなか平常心ではいられないだろう。順一も通勤するのがすっかり怖くなっていた。

「明日、行きたくないな……」

 すっかり明日の通勤がゆううつになっている順一。だが彼に、そのときある天啓がひらめいた。そうだ、殺したいほど憎いやつと一緒に通勤すればいいんだ……。

 嫌なことを180度回転する発想にたどり着いた彼は、一気に有頂天になった。そして、ほぼ同じタイミングで、嫌いなやつの顔も思い浮かぶ。最寄り駅が同じの彼の上司。その上司は普段、順一より1時間ほど前の電車に乗っている。明日、少し早めに起きて、上司と肩を並べて電車を待てば……。

 夜更しをしている場合じゃない。順一はあわてて明日の準備をして、布団に潜り込んだ。


 次の日。
 早起きをして駅の構内に着いた順一は、首尾よく上司の隣に立つことができた。
「いやぁ、最近人身事故が多いんで早めに行こうかと」
理由もすんなりと口をついて出てくる。後は電車がやってくる、そのときさえ来れば。

 向こうに電車が見えてきたそのときだった。上司がぼそっとつぶやいた。
「なんかさ、先月から金曜になると、隣のやつが電車に飛び込むんだよな」


 二人は電車が来る直前、同時に線路に飛び降りた。


作品名:火曜日の幻想譚 Ⅱ 作家名:六色塔