火曜日の幻想譚 Ⅱ
181.ムービーマン
俺には変な特技がある。
皆も、映画を見た後にその映画の影響を受けてしまうことがあるだろう。任侠映画を見た後に、ちょっとオラついてみたり、冒険映画を見た後に、勇ましい気分になったり、青春映画を見た後に、若い頃を思い出して遠い目をしてみたりとか。
俺はどうやらその影響を大きく受けるようで、しばらくの間、その映画の人物のようになりきってしまうのだ。例えば、俺が嫁と劇的な出会いをして結婚したのも恋愛映画を見た直後のことだし、一人娘ができたのはポルノ映画を見た後だ。ミュージシャンを志したのはミュージカル映画を見たせいだし、その後探偵に転職したのもミステリー映画のおかげだ。
単に移り気なだけだろう、そういう声もあるかもしれないが、なぜか映画以外ではこうはならない。テレビドラマ、ゲーム、小説、家でのDVD鑑賞では全く何も起きやしない。必ず映画館のスクリーンで見ないと、この現象は起きないのだ。
こうなるとすぐ分かることだが、俺が見られる映画には当然制約がつく。戦争ものや犯罪もの、西部劇なんかを下手に見てしまうと、恐ろしいことをしでかしかねない。SFなんてのも、自分がどうなってしまうかよくわからないので別の意味で怖かったりするのだ。
そんな俺に今、試練が訪れている。どうしても見たいホラー映画があるから、ついてきてほしいと娘がいうのだ。
何でそんなものを見たがるのだろう。疑問に思い、それとなく嫁に聞いてみた。嫁いわく、どうやら娘には好きな男子がいるようだ。その男子と一緒に怖い映画を見にいって、一気に距離を縮めたいのだ。だが、ぶっつけ本番で見にいって、怖がるシーンを間違えでもしたら困る。そこで父を使って予行演習をしておこう、という腹らしいのだ。
正直お父さんとしては色々感心しないが、恋を知らずに行き遅れても困る。一肌脱いでやるのも悪くはないだろう。娘とのデートなど、下手したら最後の機会かもしれないし。
だが問題は、俺のこの映画の影響を受けてしまうという特技だ。ホラー映画ということは、しばらく霊体験とかに悩まされるのだろう。厄介ではあるが娘のためだ、仕方がないと割り切ろうじゃないか。
そして当日。無事に娘と映画を見終わって、さて面倒な日々が続くなと思ったその瞬間。
車にはねられて、俺が霊になっていた。