火曜日の幻想譚 Ⅱ
189.惚れた理由
ふと、焼きそばが食べたくなった。
焼きそばといえば、まあ割と食べてるものだ。正確に何日前かはすぐ出てこないが、つい最近も食べたのを覚えている。それでも焼きそばを作って、ガッツリと食べたい、そう思った。自分が意外に焼きそばを好きなことに驚きつつ、材料を用意した。
鉄板に油を敷き、豚肉をサッと炒める。キャベツ等の野菜を順次加えていく。その上に麺を置き、ヘラでほぐしていく。ソースを全体に行き渡るように絡め、皿に移す。最後に紅生姜を添え、青のりをたっぷりふりかけて完成。
人によっては隠し味を入れたり、ひと手間加えた調理法があったりするところだろう。だが、うちはこのスタンダードな焼きそばだ。
「なに、焼きそば作ったの?」
寝坊をした妻が、眠い目をこすりつつ起きてくる。どうやら腹を空かせているようだ。
「和葉(かずは)の分もあるよ」
自分で二皿食べるつもりだったが一皿分を妻に譲り、向かい合わせに座る。まだ眠気でぼやぼやしている正面の妻を見て、なぜ自分が焼きそば好きなのかを思い出した。
もう、5年以上前だ。当時、まだ妻ではなく彼女だった和葉と夏祭りに行った。確かそれが、つきあって3回目のデートだった。
わくわくしながら待ち合わせ場所にいると、和葉はタンクトップにジーンズ姿で現れた。正直、これはこれで悪くはないなと思ったが、浴衣などを期待していた自分にはショックだった。
「もうちょっとさ、それらしい格好して来いよ」
「何言ってんの。昨日、時間かけてワキの手入れしてきたんだからね」
そう言って、両手を上げてワキを見せつけてくる。確かにつるつるできれいなワキだった。だが、男として意識されてないんじゃないだろうかという思いが脳裏によぎった。
結局、僕らは夏祭りに向かう。初めになにをするのかと思えば、なんと射的だった。
「よーし、みんな落としてやるから」
壮大な目標を掲げて発射した弾は、全弾当たることなく落ちていった。
僕は、銃を構えたせいで緩んだタンクトップの肩紐から覗く、意外にセクシーなブラ紐をぼんやり眺めていた。
「次っー、焼きそばー!」
天真爛漫に駆け回る和葉に、僕はもうへとへとになっていた。とりあえず、焼きそばを食べるのなら一休みできると思った。
「いっただきまーす」
食べ始めた和葉は、ものの数秒で平らげてしまう。
「おじさん、おかわりー」
すかさず二皿目のお金を払う和葉に、屋台のおじさんも苦笑している。その時だった。おかわりをもらった和葉が、こっちをみてニカッと笑う。彼女の歯には、青のりがついていた。
(ドクン!)
何故だろう、その瞬間僕は鼓動が高鳴るのを感じた。理由はわからない。こんな女らしくない女の、女らしくない姿。今日のデートを最後に、関係を断ったっていいくらいだ。なのに……。
結局ワキにもブラ紐にも魅入られなかった僕は、青のりが決めてになって彼女と交際を続けた。そして結婚して今に至る、というわけだ。
そういう意味では、青のりたっぷりの焼きそばが僕らのキューピッドなんだろう。だから僕は、きっと焼きそばを好きなんだ。
「ごちそうさま」
焼きそばを食べ終え、皿を台所に持っていく妻。彼女は、当時のことを覚えているだろうか。
でも、もうつるつるのワキなんて見せてくれないし、エッチな下着もつけてくれないから、きっと忘れているだろう。そう思ったら、台所から戻ってくる妻の歯には、青のりがちゃんとついていた。