火曜日の幻想譚 Ⅱ
192.孫の手
孫の手が好きだ。
背中をかくという、ごくささいなことのために存在している物体。確かにあれば便利だが、一家に一本レベルで必要かと言われるとそうでもない。そして、他に使い道もありそうにない。靴べらにしては「指」の角度が急だし、遠くのものを取るのもちょっと覚束ない。まさに背中をかく、それだけのために存在しているのが、妙に私の興味をそそった。
ということで、孫の手をコレクションしてみることにした。100円ショップで売っている安価なものから、土産物で売っているもの、デザイナーがデザインしたおしゃれなもの、これ、本当に使えるのかという奇抜なもの、種類は意外に豊富だ。ただ、私はそれほど背中がかゆくならない人種のようで、これら、集めたものを実際に使ったことは一度もない。
部屋の壁に掛かっている数々の孫の手を見ていると、誇らしげになってくる。人にうんちくを話したくなってもくるし、自分の理想の孫の手も創りたくなってくる。そんなふうに孫の手に関する活動をいろいろとしているうちに、いつの間にか世間で孫の手の第一人者ということになっていた。
バラエティ番組などに呼ばれるようになり、少しは顔も知られるようになってくると、それに嫉妬して張り合ってくるおかしなやつが現れる。俺のほうが詳しいだの、俺のほうが数多く持っているだのといった、面倒くさい手合いだ。後発のくせに何を言ってるんだと思っていたら、確かに私が持っていない孫の手を持っている。これは由々しき事態だと思った私は、すきを見て、その男から孫の手を奪い取ることにした。
首尾は上々だった。私はあっさりと、そいつの孫の手を奪い取ることができた。やはり孫の手の第一人者の地位は私だ。天もそう願っているに違いない。そのことを光栄に思いながら、私は早速手に入れた、まだべっとりと血のこびりつく孫の手を2本、コレクションに加え、部屋の壁にうやうやしく掛けたのだった。