火曜日の幻想譚 Ⅱ
193.同両会
先日、同両会という会が開かれた。同両会とは、“同じ車両に乗り合わせた者が集う会”の略で、とある電車のとある車両に乗り合わせた者だけが参加できる会である。初の試みである今回は、先月23日の崎川線の6時23分矢ケ崎発、淀宿行きの3両目車両が選ばれた。
ホテルのスペースに豪華な料理が並ぶ中、電車通勤に疲れ気味の者たちが続々と足を運んでくる。最初はみな緊張気味だったようだが、見知った顔をぽつりぽつりと見つけると安心したようで、やがて少しずつグループができ、話に花が咲き始めた。
「あ、こないだ網棚にカバン置き忘れたの教えてくれて、ありがとうございました」
「あのー、あのソシャゲやってましたよね。良かったらフレンドになりませんか?」
「普段は席を奪い合うライバルだが、今日は良い酒を酌み交わそうじゃねえか」
「いつもお洒落な人だなって思ってたんで、使ってるコスメ教えてほしいです」
「え、経理に人が足りない? じゃ、うちでアウトソーシングしませんか。ぜひ話だけでも」
宴もたけなわになったころ、会場に一人の女性が現れた。彼女は、芸能人もかくやというほどの美貌で、この車両に乗る男性たちは誰しもがみとれてしまったことのある女性だった。だがある日、彼女は車内の空気にあてられてしまったのか、事もあろうに電車内で戻してしまい、それ以降きまりが悪くなったのか、姿を見せない日々が続いていたのである。会場に集まっていた男性たちも、心配半分、下心半分で彼女の来場を心待ちにしていたのだ。
「お元気でしたか。心配していましたよ」
「相変わらずお美しいですね。ささ、一杯どうぞ」
「その後、体調はいかがですか」
「こちらの座席、開いていますよ」
次々に群がる男性たち。彼女の前には、ひときわ豪華な料理とワインや日本酒などの酒が立ち並ぶ。
「ご心配いただき、ありがとうございます」
彼女はそう言うと、目の前のワイングラスを傾け一気に飲み干す。
「おお、いける口ですね」
「今夜の再会を祝って、乾杯しましょう」
「こっちの日本酒も、召し上がってください」
「カクテルもあるようですよ」
男性はさらに群がっていく……。
数時間後、平気で微笑んでいる女性の周囲で、酔いつぶれた男性たちが嘔吐していた。