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火曜日の幻想譚 Ⅱ

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195.走り幅跳び



 ふと、走り幅跳びがしたくなった。

 というわけで会社をさっさと早退し、近所の公園へと足を運ぶ。遊んでいる子供たちを強引に押しのけ、かみついてくるママさんをシカトして、準備に取り掛かる。

 まずは砂場の手入れだ。持参したトンボで丁寧に土を慣らし、足をくじかないようにする。次は、踏み切り線。これは簡易的に、チョークで線を引くだけでいいだろう。巻き尺は買ってきた。あとは心置きなく跳ぶだけだ。

 スーツに革靴のまま砂場から適当な距離を取り、勢いをつけて走り出す。ぐんぐんと近づいてくる砂場。その手前に見える踏み切り線。3歩、2歩、1歩……。タンッ。ピッタリ踏み切りの位置で利き足を踏み込み、俺は高く高く跳んだ。

 一回目の記録は3m48cm。学生時代と比べれば、やはり衰えは隠せない。だが胸に湧き上がってくる充実感は、当時のそれとは比べ物にならない。もう一回跳ぼう。

 二回目は2m90cm。失敗だった。歩幅が合わず、踏み切りに失敗してしまった。着地もお尻をついてしまった。さらにそのせいで、スーツのズボンが裂けてしまっている。悔しいが、こういうこともある。次の跳躍をがんばろう。

 三回目の記録は3m52cm。納得のいく跳躍だった。それに、わずかではあったが記録も更新できた。俺は満足して、公園を立ち去り家路につくことにする。


 シャワーを浴びて、一息ついても走り幅跳び熱は収まらない。この社会は、もっと走り幅跳びを積極的に取り入れるべきだ。

 例えば、会社の入り口。ここを砂場にして、〇〇m跳べない者は出社してはならない、なんて決まりを作るのだ。そうしておけば、走り幅跳びもできなくなるほどブラックな労働は減るのではないだろうか。それだけではない、偉そうにふんぞり返っているご老体にスマートに隠居してもらうことも可能だろう。
 駐車場に設置するのもいい。車やバイクを利用していると、どうしても体を動かさなくなってしまう。運転前、運転後に一跳びしてもらえば、生活習慣病予防に一役買うことができるだろう。
 そうだ。俺はこれから、走り幅跳びを普及する会を発足させよう。そして、日本を走り幅跳び王国に仕立て上げるんだ。

 俺は、紙とペンを取り出す。書くのは勤め先に提出する辞表だ。

 なお、砂場から追い払った子供の一人が、俺の跳躍に魅了されて走り幅跳びを始め、その後世界記録を更新することになるのは、もう少し先のことだった。


作品名:火曜日の幻想譚 Ⅱ 作家名:六色塔