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火曜日の幻想譚 Ⅱ

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196.忘れ物心中



 いまだに、宿題などを忘れる夢をよく見てしまう。

 例えば朝、何事もなく登校する。ここまではいい。でも、何かを提出する、そんな段になると思い出す。だが、慌ててももう遅い。その提出物は、はるか遠いわが家の机の上。ああーっと思って絶望すると、ハッと目が覚めるのだ。

 こういう、いわゆる忘れ物をしたときに、先生に、忘れたことをどのように言うかは非常に難しい問題だ。

 まず言えることは、「やったんですけど、家に忘れました」っていうのは愚の骨頂だということ。この「やったんですけど」がえらく鼻についてしまう。忘れたなりにポイントを稼ごう、そんな臭いがプンプンする。これでは、先生の怒りという火に油を注いでしまうだけだ。それに、この「やったんですけど」は基本的に証明ができない。よしんば提出日を明日に伸ばしてもらえたとしても、今日の夜あわててやったんだろという疑惑は拭い去れないのだ。

 では、素直に「忘れました」というのはどうだろうか。一見、潔くていい方法に思えなくもない。だが、そこには非情な落とし穴が潜んでいる。
「忘れた理由を話しなさい」
次の瞬間、先生のそんな言葉が突き刺さってくる。忘れた理由。そんなもん、思い出せなかったからに決まっている。やるのを忘れたにしろ、かばんに入れるのを忘れたにしろ、わざと忘れるやつはそうそういない。忘れようとして、忘れるわけではないのだ。世の中には、忘れたいことなんて山ほどある。みんな、それが忘れられなくて苦しんでいる。だから先生は、いとも簡単に宿題を忘れられる僕らに、その理由を聞いてくるのかもしれない。こちらとしては問われた以上、理由をひねり出さなくてはならない。そこで無理やり、何らかの答えを言う。しかしこの瞬間、「潔さ」というとりではもろくも崩れ去るのだ。
 理由というのは、しょせん言い訳だ。どんなにそれが巧妙でも、弁の立たぬものには意味がない。最初、「忘れました」と潔く言ったとしても、結局はここに来て、言い訳も言わされる。あとは、普通の説教と同じルートだ。

 では、徹頭徹尾黙っているというのはどうだろう。これも、恐らくいい方法ではないだろう。結局、無力な僕らでは口を開くことになることだろうし、心証も悪いだろうだから。

 結果、何かを忘れたときにいい方法はないかと問われると、僕は有効な回答を知らないのだ。言うなれば、僕は忘れ物にとことん無力だということ。だが、夢に悩まされるくらいだ、有効な手段は持っておきたい。

 となれば、もはや開き直るしかない。

 今度、忘れ物を問い詰められたら、そいつを刀で斬りつけ、僕自身は切腹してやろうと思う。言うなれば忘れ物心中だ。忘れ物をそれほどまで苛烈に糾弾する者には、それぐらい果断な対処をしなければならない。

 さあ皆、僕に宿題を課してくるがよい。提出を忘れたら、お前のこの世の記憶を全て、忘れさせてやるからな。


作品名:火曜日の幻想譚 Ⅱ 作家名:六色塔