火曜日の幻想譚 Ⅱ
200.女児紅
中国に、面白い風習があると聞いた。
女の子が生まれた際に紹興酒を仕込み、その娘が結婚するまで寝かせておく。それを嫁ぎ先に持っていき、嫁入り道具ならぬ嫁入りの酒にするというものだ。
生まれ年のワインをプレゼントするみたいで、非常に面白いと思う。幸い、うちも今年中に女の子が生まれる。ぜひこの風習をやってみたい。だが酒を仕込むことはできないので、とにかく高い日本酒を買うことにした。
「どうせあなたは、お酒が飲みたいだけでしょ」
散々責任を取ることから逃げ回った揚げ句、既成事実を突きつけられ一緒になったかみさん。そのかみさんの冷たい言葉を無視して、一升瓶を抱えて自分の部屋へ持っていく。常温保存でうまくなるのかはわからないが、とにかくやってみようじゃないか。
それから長い年月が経った。
娘はすくすくと成長し、親のひいき目を抜きにしても美しくなった。そこまでは良かった。だがどうもこの娘、結婚願望がまるでないようなのだ。
「女性は結婚することが幸せなんて、今どきその考え方、古臭い」
久々に実家に帰ってきて、父の分の酒も飲み干しながら娘は言う。
「いや、そうは言ってもだな……」
「何? ちゃんと親元離れて独立して、仕事もしてるでしょ? 何も問題ないじゃない」
「まあ、そうだが、世間体ってものが」
「ほらでた、いつもお決まりの。じゃあ何? あたし世間体のために結婚させられちゃうの? かわいい娘をそれだけのためによそに嫁がせちゃうの?」
「……」
「ほら、いい加減自分の部屋のお酒取ってきなよ。あたしと酌み交わそ。娘とおいしいお酒が飲めるんだから、お父さんだって幸せでしょ」
そう言って娘はウインクしてくる。結婚願望がないだけじゃない、かなりのうわばみに育ってしまったようだ。だが、まだあの日本酒は開けない。娘の気が変わって、誰かと一緒になる可能性も0ではないはずだ。その時まで待ってやるぞ。……いつになるかは、わからないが。
「しかしまあ、誰に似たんだろうなあ」
思わずこぼした独り言に、傍らでほほえみながら見ていたかみさんがつぶやいた。
「どう考えても、あなたに似たんですよ」