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火曜日の幻想譚 Ⅱ

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206.最善手はどこに?



 とある年の将棋の名人戦で起こった、少しへんてこなお話をいたしましょう。

 その年の名人戦は、圧倒的に名人が有利と言われている中、初日にまず挑戦者が1勝を挙げました。ここまでは、いたって普通の名人戦でした。が、その次の2日目に歴史的な事件が起こったのです。とは言っても、2戦目も対局それ自体は普通に終わりました。この日は名人が攻撃をしのぎ切って勝利を挙げ、1勝1敗とタイの星に戻していました。

 この日の対局では、非常に難しい局面がありました。終盤、挑戦者が名人を追い詰める中での一手という状況です。その難しさは、挑戦者がほとんど使っていなかった持ち時間を、その一手であらかた使い切るほどでした。しかし、その時に打った乾坤一擲の手は、名人に鮮やかにかわされでしまいます。結果的にその手が悪手となってしまったことにより、この日は名人の勝利となったのです。
 将棋の世界では、試合後に感想戦というものが行われます。今の対局を振り返って検討を行うことで、今後の棋力の向上につなげるなどの目的があるのです。その試合の後の感想戦では、やはり先ほどの挑戦者の局面が注目の的となりました。胸を借りている挑戦者が、偉大なる名人に恐る恐る尋ねます。

「名人。ここは、どうすれば良かったんでしょう?」

名人、盤面を睨みながら独り言のように呟きます。

「うむ。考えてみよう」

それっきり動きを止め、その局面での最善手を考え始めます。

 別室でも、数多くのマスコミや将棋関係者が、この手の最善手を考えていました。しかし、「これだ!」という手はなかなか見つかりません。一見正解のように見える手はあるのですが、数手先になると一気に状況が不利になってしまったり、寄せの後で詰めきれなかったりするのです。挑戦者も別室の人々も、固唾を飲んで名人が口を開くのを待っていました。名人は、相変わらず盤面を睨みつつ考え込んでいます。

 数時間後。名人は、それでも微動だにしません。その日の夜、名人は名人戦の日程をずらして、翌日以降も最善手が出るまで感想戦を続けるよう主催者に要請します。対局自体が別の日に持ち越されることはよくありますが、感想戦が日を跨ぐのは前代未聞でした。しかし、この一手が興味深い手であることも手伝って、主催者もその要請に応えたのです。
 ですが、名人戦の日程全てを使い、名人以下、棋士たちの頭脳を総動員しても、最善手が見つかることはありませんでした。そのため、この年の名人戦はなしとなり、翌年も同じ挑戦者で再戦を行うこととなったのです。

 なお、未だにこの手に対する最善手は見つかっておらず、今も棋士や好事家の方たちが研究を続けているそうです。


作品名:火曜日の幻想譚 Ⅱ 作家名:六色塔