火曜日の幻想譚 Ⅱ
207.Joker
まずい。何がまずいって、プロジェクトのスケジュールがまずいのだ。納期に間に合う間に合わないなんて問題じゃない、いつ終わるか見当がつかないのだ。
このままじゃ責任問題になりかねない。というわけで、恥を忍んで隣の課から助っ人を頼むことにした。だが、助っ人がどういう人材かは、よく吟味しなければ。さらに足を引っ張られたら、もう目も当てられない。というわけで、それとなくうわさを聞いてみる。
「ああ、北村さん? あの人はうちの課のジョーカーだからね」
「北村さんはなんというか、ジョーカーだな」
「北村さん? うん、ジョーカーだよ」
軒並み「ジョーカー」という評価だった。切り札のような人なのか。期待できそうだ……。そういうことで、すぐに参加してもらった。
「今更仕様変更なんて、全く持ってしようがないですなぁ。はっはっは。」
「ここでコミット処理をしてね。君もちゃんとコミットした?」
「バグだけにもう無視しちゃって良いんじゃないですかね。あれ、わからない?」
「納期前だけに能天気な事はしてられないですな。うーん、ちょっと苦しかったかな?」
参加してもらって数時間。聞こえてきただけでもこのありさまだ。……さては「ジョーカー」ってのはそういう事か。あまりにもお寒い言動に、メンバーが白けていく。それに伴って時間だけが過ぎ、仕事は一向に進んでいかない。
こりゃ、もうだめだなと思った。その数日後、驚くべきことが起こった。北村さんが、うちの取締役と客先の偉い人を説き伏せて、プロジェクトを白紙に戻してしまったのだ。このままではいつまでも納品できないこと、導入してもあまり意味がないことを丁寧に説明して。
さぞかし大変だったろうと思ったが、特にそういうことはなかったらしい。それというのも、相手の偉い人が北村さんをたいそう気に入ったからというのがその理由だった。おかげで、うちの社も客先も最低限の損失で済んだ。だが、無理な仕様とスケジュールで仕事をとってきたことが露見した営業は、随分と叱られたようだった。
ことが終わって、北村さんは隣の課へ戻った。そこで初めて、俺は思い出したのだった。ジョーカーのモデルである宮廷道化師は、君主たちをなだめて、国家間の紛争を解決する役割を果たしていたということを。