火曜日の幻想譚 Ⅱ
210.鬼才
最寄り駅に、いわゆるストリートミュージシャンの方がいる。
いろいろと大変だろうし、自分には音楽の才能が全くない。そういうこともあって、特に近寄ることもせず遠目で見て通り過ぎるだけの日々が続いていた。
ある日のこと。
たまたま会社を早く帰れた僕は、彼の曲をちゃんと聞いてみようかという気持ちになっていた。駅に着いて早速彼の姿を探すと、いつものようにギターを抱えている姿を見つける。僕は真正面で、彼の奏でるメロディをじっくりと聞いてみることにした。
「♪〜」
真面目な顔でギターをかき鳴らし、オリジナルソングを熱唱している彼。そんな彼の曲を僕はぼんやりと聞き続ける。
「…………」
申し訳ないが、メロディも歌詞も特に心に刺さるものはない。僕があまり音楽を知らないせいだろうか。それとも何か他の要因があるのだろうか。そう思いながらふと視線を落とすと、開いたギターケースで投げ銭を募っている。だが、そこにお金はほとんど入っていなかった。
「……そういうこと、か」
自分のセンスが間違っていなかったことに気付いた僕は、取りあえずその日は彼の眼前から立ち去った。
翌日。
遅刻した僕は駅への道をひた走っていた。そしてそのひた走る駅への道に、例の彼がいた。昨日の一件で何となく彼を軽く見るようになっていた僕は、ろくに彼のほうを見ないで通り過ぎようとする。その瞬間、
「??」
唐突に獣くささを感じて、驚いて立ち止まる。このにおいの理由を探してみると、歌う彼の周囲をたくさんのきつねが取り囲んでいた。
「???」
そこにきつねがいたからではないが、きつねにつままれた気分でその場を立ち去った。
それから、しばらく彼のことを観察し、やっとその理由を理解する。どうやら彼は、動物が感動するような歌を歌うのが得意らしい。
きつね、たぬき、いぬ、ねこ、ねずみ……。哺乳類だけじゃない。はと、からす、とかげ、へび、かえる、くも、せみ……。ちょっと集まってこられると迷惑な面々もいるが、彼の唄を愛するものには変わりはない。
「今日も頑張ってるね」
特技を知った後、彼と仲良くなった私は、朝、改札を通る前に彼に話しかける。
「ええ。後は人間を集める曲さえ作れたら、いいんですけどねぇ」
わが町を代表する鬼才は、そう言って今日も駅前でギターをかき鳴らす。相変わらず、ほとんどお金の入っていないギターケースを広げたままで。