火曜日の幻想譚 Ⅱ
212.じょうろ
今日も、お気に入りのじょうろで花壇に水をあげようと思って早起きした。
だけど、いつも玄関に置いてあるはずのじょうろがない。シックないでたちの、アイボリーとエボニーの二個のじょうろ。それがそっくりそのまま、どこかに消え失せているのだ。悲しみのあまり涙があふれてきた。僕が玄関に座り込んでわんわん泣いていると、ママがやってきて教えてくれる。
「さっき、パパが仕事に出かけたから追いかけて聞いてみたら?」
僕はろくに涙も拭かずに、玄関を飛び出した。
少し走ったところでパパを発見した。パパは、あろうことか二個のじょうろをくつ代わりにしてはいている。
「パパ、くつじゃなくてじょうろをはいてるよ」
僕が言うと、パパは頭をかきながら言った。
「パパ、仕事で疲れてるのかな。あはは」
二人で玄関まで戻り、パパはくつを履いて出発する。僕は、ママに見送られて補助輪付きの自転車で花壇へと出かけた。
花壇には、昨日の通り名前も知らない草がぼうぼうと生い茂っている。僕は、そのぼうぼうに伸び切った草がさらに伸びるよう、二個のじょうろにたっぷり水を汲んで撒いてやる。すると驚いたことに、水をやるそばから草は茶色になっていき、花壇の植物は全部枯れ果ててしまった。僕は、びっくりして急いで家に帰り、ママに抱きついた。
「パパがくつと間違えてはくから、草が全部枯れちゃったー」
ママは僕を優しくなでながら、諭すように教えてくれる。
「今日は草が生えてから75日目でしょ。草は75日もしたらすべて枯れちゃうのよ」
……目が覚めた。おかしな夢だった。
じょうろは履けないし、草の寿命は75日どころじゃない。でも花壇の水やり、最近忘れていたことを思い出した。今日は時間を取って水をやりに行こうか。
シックないでたちの、アイボリーとエボニーの二個のじょうろを持って。