火曜日の幻想譚 Ⅱ
215.昼伽
今日は空を見たくない。
そんな日もあると思い、家中のカーテンを閉めてしまった。面倒なので、電気をつけるのも最小限。
それでも隙間から漏れてくる陽の光に辟易しながら、物思いにふけっていると、傍らに一匹の小さなアリがよろよろと歩いていた。
「…………」
無言でそいつを人差し指の上に乗せる。家に入り込んでいるということは、窓かどこかに入り込める空間があるはず。でも、もっと大きい虫が入ってきてしまったら困るなと思いながらも、その場所を探し回る気にはならなかった。
アリは、特にかみつくわけでもなく指の上をはい回る。自ら外界の光を閉ざした僕と、迷い込んでしまった彼女。いろいろと違いがありつつもどこか親近感を覚えた僕は、彼女を小さなビンに入れてやり、その報酬に一つの角砂糖をあげた。
彼女は、角砂糖の欠片をあごではさみ持ってウロウロしている。そりゃそうだ、帰れるところがあるのなら、帰りたいだろう。でも、もう少しこの光のささない場所で、僕とつきあってほしい。角砂糖はそのための報酬だ。
ビンの中の彼女をぼんやりとながめ続けて数時間。そろそろ陽の光も傾いてくる。僕は、もうお別れの時間だと思い、ベランダに出てビンのフタを外し、また部屋に戻ってビンをながめる。
日がすっかり傾いて暗くなる頃、ビンにはみっしりとアリが群がっていた。僕はその様子をずっと部屋の中からながめ続け、その状態に安堵してカーテンをまた閉じた。
夜伽ならぬ昼伽で、しばらく僕とともにいた代償として得た角砂糖。
それを彼女が最初に持ち帰り、今頃、英雄になっているところを想像しながら、僕は布団の中でうとうとと眠りについた。