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火曜日の幻想譚 Ⅱ

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219.プールによどむ永遠



 あれは、中学3年生の冬のことだった。

 その日は公立高校の受験日で、県内の高校を受ける生徒は学校を休み、人生でほぼ初めてと言っていい、自身の運命を左右する試験に臨んでいた。従って、この日学校に来ていたのは、私立を推薦ですでに受かった生徒や、国立の高専などに進むと決めた者ぐらいで、一クラスに多くて10人、少ないクラスでは5人に満たない所もあったようだった。
 そんな状態では、当然授業もあってないようなものだった。先生たちもしきりに授業を脱線し、世間話に花を咲かせたり、今行われている試験を心配する発言をしたりしていた。

 その日の昼休みのこと。僕らは、サッカーをするには人数が足りないことに気づいた。中3と言ってもまだまだ子供、試験を終えた子もそうでない子も昼休みは遊びたいのだ。

 サッカー場の傍らには、プールがあった。そのプールは夏から放っておかれ、その広い空間に水と共に小枝や落ち葉を抱き込み、白く凍り付いていた。
「おい。ちょっと入ってみようぜ」
いつも目に付くことはなかったそのプールに目を付けた僕らは、サッカー代わりにプールに忍び込もうと考えた。そして皆で金網に張りついて次々と乗り越え、プールサイドに降り立った。

 プールサイドは、ほんの数カ月前のあの暑い夏の日とほとんど変わっていなかった。飛び込み台、目を洗う水道、空っぽの消毒槽、各々の性別の更衣室。僕は、心の中で憧れだった亜樹ちゃんの水着姿を思い出して顔を赤くする。同じ学校には決して行くことのない、彼女のことを。
「すげー、かちかちに凍ってるよ」
友人の一人が、プールに張っている水を指でつついて言う。
「マジで?」
「おお、ほんとだ」
何人かがそれに追随し、プールの水を突き出す。
「よいっしょ、っと」
大胆なやつが、氷を足で踏みしめる。それを見て乗れそうだと見るや、別のやつが両足を氷上に乗せる。さらにエスカレートして、スケートの真似事が始まる。その瞬間。
「コラッ! おまえら!」
金網の向こうで、体育教師が恐ろしい顔をしてこちらをにらんでいた。

 その後、僕らは教頭にこってりと搾られた。内申書はもう提出しているし、あらためてこの不行状が進学先に報告されることはなかったが。だが、
「あなたたちは、本当に高校生になる気があるのですか?」
「このようなことでは、中学を卒業させられません!」
と、散々な言われようだった。

 しかし、あれから20年以上たった今なら言える。あれは卒業に、僕らが高校生になるために必要な一儀式だったんだと。中3の冬、突如として現れた非日常に、刻印をつけるためだったことを。冬のプールサイドで遊んだことによって、公立を受けない変わり者たちの心が一つになったことを。怒られないということが、必ずしも正しいとは限らないことを。

 あの時言葉にできなかった思いは、今も僕の心の中にわだかまっている。でもあの思い出は、冬のプールによどんで永遠に凍り続けるんだ。


作品名:火曜日の幻想譚 Ⅱ 作家名:六色塔