火曜日の幻想譚 Ⅱ
223.夏と金魚と或る女
蒸し暑い夏の日。エアコンも扇風機もありゃしない安宿で、行きずりの女を抱いていた。
「……ん、だめ。金魚が見てる」
腕の中に収まる女は、ぎりぎりの理性で最後の抵抗を試みる。窓の側の金魚鉢には、ひらひらと水中を舞う金魚。
「見せつけてやりゃいいよ」
そう言って、乱暴に服を剥ぎ取る。美しい乳房と、薄い毛の恥部が白日の下にさらされる。
どうせ金魚は体外で卵子に精子を放出するんだ、何やってるかわかりゃしない。そう言って聞かせようと思ったが、興がさめるのでよしておいた。
ひときわ大きな声で泣きわめくセミの声。夏休みのガキどもも、負けじとわめき声をあげている。
女と一つになり、激しく欲望をぶつけあいながらチリンという音を聞く。開けっ放しの窓から入り込む、申し訳程度の生ぬるい風。それに反応した、軒先につるしてある一つの風鈴。昨日の晩の蚊取り線香の燃えさしが、ぽろりと灰を受ける皿に落ちた。
「んんっ!」
女は絶頂に達し、しどけなく布団に横たわる。それを見計らい、お構いなく体内に精を放出する。
日が傾き始め、ほんの少しだけしのぎやすくなっていた。冷蔵庫から取り出したスイカを切り、あられもない格好の女に片方を渡す。スイカをかじりながら、女はぼんやりとほうけてあらぬ方を見ていた。
「なんだ、もう一回してほしいのか?」
おどけて言うと、女が首を上げて窓際を指し示す。
「やっぱり、金魚が見てる」
俺が振り返ると、金魚はこちらなんか見ずに、相変わらずひらひらと泳いでいた。
「あ、でも魚類って体外でするんだっけ。じゃあ見てても、わかんないか」
「……ああ」
ついさっきの自分の思考をなぞる女が、妙に可笑しい。
相変わらずやかましいセミの声にまじり、カラスの声も聞こえだす。窓の隅に巣くうクモが、巣にかかった小さい羽虫に忍び寄る。空全体を包み込んでいく夕闇。どこからか遠くの方の打ち上げ花火の音が、耳に届き始めた。
薄闇の中で、再び女をかき抱いて押し倒す。
「金魚が見てるってば」
またそう言って抵抗を試みる女の唇をふさぎ、再戦を要求する。
夏の暑さのせいだろうか、金魚の視線がそうさせたのだろうか。行きずりのはずのこの女が妙に愛おしいと、なぜかそう思った。