火曜日の幻想譚 Ⅱ
224.スズメの歴史
もうかれこれ、20年以上前の話になる。
我が家は早くに父を亡くし、母が女手一つで僕ら3人の子供を育てていた。だが、無事に末子の僕を就職させると、母は実家で一人暇になってしまった。悠々自適だね、と周囲はうらやましがったが、母はそのようには考えていないようだった。
そんな母が僕ら子供の代わりに、何を見いだしたか。ベランダから見える空を飛び回る、スズメたちだった。母はスズメたちのために、米粒を一握り毎日ベランダに置いておいたのである。
うちの実家は団地の上階で、ことさら鳥が集まりやすい環境だったんだろう。こぞってスズメが集まった。たくさんのスズメたちがチュンチュンと鳴きながら、仲良く米粒をついばんでいたそうだ。
母は、スズメたちを手なづけられたことを、相当誇りに思っていたらしい。特にスズメに何の感情も持っていない僕に、うれしそうにスズメが米粒を食べる日々を報告してくるのだった。
しかし母とスズメとの蜜月は、それほど長く続かなかった。結婚した姉に、子供が生まれたのである。姉は非常に多忙な仕事に就いていた。そのため、子供の面倒を見る余裕がなく、姉の家に孫の面倒を見に行くことになったのである。
話し合いの結果、上記のように決まったとき、母はスズメたちの心配をしていた。しかし、同じくらいかわいい孫の面倒を見るため、団地を引き払い姉の家に居を移したのであった。
実家を引き払ってしまったので、僕らはスズメのその後を知らない。野生生物ゆえ、その後もたくましく生きたのか、兵糧がなくなり悲惨な結末を迎えたのか。
だが母の行いは、きっとスズメたちの歴史にしっかりと刻まれているのではないだろうか。
「スズメ歴 ○年〜○年、五笠団地の402号室ベランダに、大量に米が置かれていた」
という感じで。
スズメの歴史は、口述なのか、筆述なのか、それとも別の何かなのか、仮に筆述だとしたら、スズメに筆述ができるのか、僕にそれはわからない。でもきっとスズメたちの間で、母の行いは永久に記憶されていくに違いない、なぜかそう思う。