火曜日の幻想譚 Ⅱ
126.猫耳
担任の関谷先生が、猫耳のカチューシャを着けて教室に入ってきた。
関谷先生は今年26、まだ若いがとても人当たりがよく、他の先生がたはもちろん、男女を問わず生徒からも、厚い信頼を寄せられている。もちろん人当たりがよいだけでなく、時には生徒の行き過ぎを叱ることも辞さない。そんな品行方正さも兼ね備えた優秀な女の先生だ。
そんな先生が、朝、猫耳のカチューシャなんてものを着けている。僕ら生徒はその衝撃で、何も言えなかった。後で聞いたところによると、職員室の先生がたも同様で、関谷先生に指摘ができなかったらしい。
「はい、朝のホームルーム始めるよ、日直!」
関谷先生はいつものように快活に日直に号令を促す。
「あのぅ、先生」
ようやく、1人の女子生徒が手を挙げ、恐る恐る立ち上がる。
「頭のそれ、どうしたんですか?」
「?」
先生は頭に手をやった。そしてふさふさの毛のはえたかわいい物体に手を触れる。その正体が分かった途端、みるみるうちに顔が真っ赤になった。
「あ、あの、これは……」
先生は素早くカチューシャを取って教卓に隠し、うつむいてしまう。中学生、思春期真っただ中の僕らは、各々が思う精一杯のあられもないことを想像して、周囲にこれみよがしに披露する。普段なら、そんな私語など一喝するであろう先生は、自身の痛恨のミスでそれどころではない。
「先生、昨日はお楽しみだったんですかー」
そんな空気が最高潮に達したところで、よく言えばクラスのムードメーカー、悪く言えばお調子者の谷口がこんな軽口をたたき出す。その谷口の一言が、状況を一変させた。
「いい加減にしなさい! みんな、静かに!」
静まる教室。関谷先生は、教卓に隠していたカチューシャを再び取り出し、まくしたてる。
「いいですか。人間、誰しもミスはするものです。みんなもノートや教科書を忘れたことがあるでしょう。忘れたことがない人も、今後絶対に忘れることがないとは言い切れません。そして私も人間です。ついうっかり、昨日の晩に着けたカチューシャを、そのまま着けてきてしまうこともあります」
さらに先生は続ける。
「そして、先生は大人です。交際している方と一夜をともにしてもいい年齢なんです。確かに、その痕跡を赤裸々にしてしまったのは恥ずかしいことかもしれません。ですが、好きな人と愛し合いたい、すてきな時間を過ごしたいと思うのは当然のことです。みんなもきっとそう思うようになるんです……」
とにもかくにも、関谷先生はこの半ば開き直ったような演説で、どうにか窮地を切り抜けた。面白いことに、生徒の反応も存外悪くなく、さらに信頼できるようになったという意見が大半を占めていた。ただ、彼女に妙な憧れを抱いていた一部の男子生徒は、悪評を下していたようだが。
やはり、関谷先生は素晴らしい先生だ、あらためて僕もそう思った。
今度は猫耳じゃなくて、何をこっそり着けさせて、ベッドの中から見送ろうかなぁ。