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火曜日の幻想譚 Ⅱ

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127.佐藤君の甘さ



 佐藤君は甘い。

 いや、別に見通しが甘いとか、心構えが甘いとか、名字が「さとう」だからとか、そういうことではない。本当に佐藤君は甘いのだ。
 例えば、体育のあと。普通の人がしょっぱい汗をかいている中、佐藤君は一人で甘い匂いをさせている。どうやら汗が甘いらしい。実際、甘党の佐藤君は、時折ぺろりと汗をなめて糖分補給をしている。どうも匂いが甘いだけでなく、味覚でも感じられるほどの甘さらしいのだ。
 そうなると、糖分の取りすぎなのではないかといった心配が出てくる。でも、体格的には太っていないし、毎年の健康診断でも特に問題はないらしいのだ。

 佐藤君のその甘さが発揮されるのは、やはり春や夏。春の日に外で遊んでいると、ふらふらチョウがやってきて佐藤君のくりくり頭にピタリと止まる。そして、彼の汗をちゅうちゅう吸い出すのだ。
 これがチョウだけならば平和でよい。だが、甘い蜜を求めて群がってくる昆虫には、相当危険なものもいる。あるときなど、ハチが大群でやってきてしまったことがある。それに慌てた佐藤君が、僕らの方へと駆けよってきたときは、震えあがるほど恐ろしい瞬間だった。
 しかし、反対に大当たりのときもある。ある夏の暑い日などは、カブトムシやクワガタが佐藤君にくっついて汗をなめていた。その瞬間、クラスの男子たちでじゃんけん大会である。冷静に考えれば、佐藤君のものになりそうだが。
 さらにある時には、この佐藤君の習性を利用しようという計画が持ち上がったことがある。具体的に言うと、佐藤君を森の中へ一晩置き去りにして、人気の昆虫を大量に捕まえようという計画だ。だが、これは佐藤君の安全が確保できないし、そもそもいじめだろうということで、先生からストップがかかってしまった。

 中学や高校にあがると、勉強や部活に忙しくなり、佐藤君に虫が寄ってきたところで誰も相手にしない。だが、佐藤君は予想外な方面で再び目立ち始めた。体臭が甘いせいだろうか、彼は甘党の女子にやたらともてるのだ。彼自身も甘党なだけあって、女の子と二人でスイーツ食べ放題に行ったなんてうわさが広がり始める。きっと彼女とおいしいスイーツを食べた後、どちらかの家でその甘い体も食べさせちゃったのか。そんなことを考えて、歯ぎしりをして悔しがったものだ。
 佐藤君は、結婚も早かった。大学で同じサークルだったこれまたとびっきりの美人━━やはり甘党、を、見事に射止めたのだ。これまた悔しさのあまり、「佐藤君は精液も甘いんですか?」なんてやっかみついでにセクハラしてやろうかと思ったくらいだ。

 そんな虫と女性に囲まれた人生を送ってきた佐藤君だが、悲しいことにその終わりは早かった。まだ40手前という若さなのにクモ膜下出血で倒れてしまい、そのまま帰らぬ人になってしまったのだ。
 葬儀の最中。まだまだ女ざかりのきれいな奥さんも、悲嘆に暮れて顔を上げることさえかなわない。
「佐藤の脳内にチョウやカブトムシは居ても、まさかクモがいるとは思わないよなあ」
みんなが悲しむ中、何とかひねり出した冗談も場を和ませることなどできない。

 そうこうしているうちに、出棺の時間になる。そのころから、ひらひらとチョウや甲虫たちが空に舞っていたような気がした。その昆虫の数は火葬場が近づくたびに増え続け、たどり着いた時には数十万の大軍となっていた。ブンブンとうなるような音の中、ひつぎが炉に入れられ点火される。その瞬間、ワッと号泣する奥さんと、甘い匂いに誘われて次々炉に飛び込んでいく昆虫たち。

 ここまで愛されたのなら本望だろう、佐藤君。泣き続ける奥さんと、次々に焼け死んでいく昆虫を眺めながら、そんなふうに考えていた。


作品名:火曜日の幻想譚 Ⅱ 作家名:六色塔