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火曜日の幻想譚 Ⅱ

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129.欠肉祭



 一年のうちのある日。その日に世界中の至るところで、人知れず奇妙な祭が行われているといったら、皆さんはどのように思われるだろうか。


 先年、ノルウェーの奥地で、一人の老人が亡くなった。
 妻に先立たれ、長年一人で暮らしていたこの老人は、手の指を6本も失い、耳や性器もボロボロ、ふくらはぎなどにも多数の傷がついていた。さらに冷蔵庫には、亡くなった妻のものと思われる塩漬けの肉塊が転がっていたという。
 不審に思った葬儀屋が調べたところ、この老人は人肉食を好んでいたことが分かった。どうやら彼は妻の死後(殺人ではなかった)墓を掘り返し、彼女の肉を冷凍保存してときおり食していたと思われる。
 だがここで疑問になったのは、彼自身の肉体はなぜこんなに傷が多いのかということだった。特に犯罪に巻き込まれた様子はないし、誰かに脅されていた様子もない。しかし理由がなければ、指を半分以上失うことはないし、耳たぶや性器、ふくらはぎも傷つかないはずだ。
 この疑問は、意外なところから氷解した。殺人罪で獄につながれていた人物(この者も、カニバリストだった)が、人肉を愛好する者だけに伝わる祭の存在を暴露したからである。


 エリュシクトンという人物が、ギリシャ神話に登場するのはご存じだろうか。

 彼はとてもごうまんな人物で、女神の忠告を聞かずに神聖な木を伐り倒し、怒りに触れて治まらない飢えを与えられ、自分の財産を何もかも食いつぶした揚げ句、自らの体すらもむさぼり食って死んだ、と伝えられている人物である。


 いつの、そして、どのカニバリストだかは分からない。だがかつて、このエリュシクトンにほれ込んだ人肉愛好者が、いたことはどうやら確かなようだ。自分の肉体とはいえ、人間の肉を食べながら死んでいけるなんて、こんなに幸せなことはない、と。
 この者は、恐らくかなりの影響力も持っていたのだろう。それによって、この禁忌を好む者たちのネットワークに、エリュシクトンを崇める空気が次第に醸成されていった。女神に背くという大罪を犯し、自らの人肉をむさぼり死んでいった彼こそ、われわれ禁忌を背負った者の崇敬すべき人物なのだ。そんな空気の中で、この奇妙な祭が産声をあげるのは、それほど時間のかかることではなかったことだろう。

 この祭を行う日時や方法は、いまだに判明していない。暴露した人物も、詳細を口にすることはかたくなに拒んでいるからだ。もしかしたら、ばらした暁には仲間からの粛清が待っているのかもしれない。
 今のところ、この祭について分かっているのはこれだけ。とある日に、自らの肉体のどこかを切り落とす。同日の晩、その肉体を自ら食し、エリュシクトンに祈りをささげ、同時に1年間、食した人肉に感謝をする。さらに向こう1年、よき人肉に巡り合えるよう祈願する。最後に、自らの肉を欠くことから、祭の名を欠肉祭(けつにくさい)と呼ぶ。

 文化人類学者のチャーリー・サンデルは、この欠肉祭について興味深い分析をしている。
「通常のカーニバルでは、民衆は自分たちの暴れっぷりを、わら人形に転嫁して燃やしてしまう。人肉食という禁忌や、その禁忌の露見という極度の恐怖、ストレスを背負っているカニバリストたちは、自身の肉を毎年少しずつ切り落として自らを罰し、肉片に罪を転嫁させることによって、精神の安定を図っていたのではないだろうか。それが、カニバリストたちの間に連綿と受け継がれていき、祭へと変化していったものだと推察される」


 今年もおそらく、世界各地に散らばっているカニバリストは、自身の体のどこかを切り落とし、その晩に食していることだろう。それを行うことで彼らは、今まで食べた肉に感謝をし、これから、さらによき人肉にありつけることを願って、牙を研いでいるのかもしれない。


作品名:火曜日の幻想譚 Ⅱ 作家名:六色塔