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火曜日の幻想譚 Ⅱ

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130.ご老体の話



 何? わしの話が聞きたい? ずいぶん奇特なやつもおったもんじゃな。で、何が聞きたいんじゃ?

 まず、最近の調子はどうか?うーむ。近頃、めっきり出番が減ってのう。ちょっと前までは、わしも出ずっぱりだったんじゃが……。

 昔わしがしていた仕事は、主に洗濯機君やシャワーさん、ビニールプール君がやっておるよ。……まあ、彼らに対して思うところもないわけではないがの。みんな良い子で働きものなんじゃ。最近じゃ子や孫を見ている気分になってくるのう。

 なに? わしの全盛期の話を聞かせてくれじゃと? そんな面白くもない話、聞きたがるなんて変わっておるのう。まあよい。隠居じじいの憂さ晴らしとでも思って聞いとくれ。

 わしが最も輝いていた時期はのう、主に人間の女性に水をためられて使われておった。何やらギザギザな板を持ってきてな、布をごしごしとこするんじゃ。女性が慣れた手つきで布をこすって汚れを落としていく様は、洗練されて美しかった。今この仕事は、洗濯機君がやっておるのう。じゃが、人間は布切れを放り込んでボタンを押すだけで、何とも味気がなさそうじゃ。
 それに、夏の暑い日なぞは人間の子供たちの水遊びをするためにも使われたのう。わんぱくな人間の子供たちは泥まみれでうるさかったが、今思えばそれもいい思い出じゃ。それだけじゃない。何度か、若い女性が水浴びをしたことがあってのう。するりと帯を解いて、見る見るうちにあられもない姿になったときなど、人間でもないこちらがドキドキしてもうたわい。こっちの仕事は、今はビニールプール君やシャワーさんの役割じゃな。手軽に水や温かいお湯が浴びられるから、大層重宝されていることじゃろう。
 そうじゃ、この話もしとかなきゃならん。実はな、一度だけ生まれたばかりの人間を湯につからせたことがあるんじゃ。人間界ではそれを「ウブユ」と言うらしく、何か特別なものらしいんじゃ。あのような光栄に預かったのは後にも先にもあの時だけじゃのう。
 人間じゃないものを入れたことはあるかって? うーむ、そうじゃな。夏はためた水によくすいかを入れておったな。冷やすのが目的だったと思うが、すぐに冷蔵庫さんに仕事を取られてしまった。

 最近、仕事はないのですか、じゃと? 実は一つだけあるんじゃがな、あまり大きな声では言えん。どうしてもというのなら話すが……。
 バラエティ番組というのがあるじゃろう。視聴者を笑わせるという目的の。あれにたまに駆り出されるんじゃ。頭に落ちてくる役としてな。

 立派な役じゃないですか、じゃと? そう言ってくれるのはありがたいが、わし本来の使用法からはかけ離れておるじゃろう。やはり普通の使い方をしてほしい。そういう思いはどうしても拭えぬのう。
 それに、頭にぶつかって痛いのは自分だけだと人間は思っておる。だがそれは大きな間違いじゃ、こちらも立派に痛いのじゃ。あと、高いところから放り投げられる、その恐ろしさだってあるのじゃよ。その点、もう少し人間には理解してもらいたいものじゃのう。
 まあ、不満もないわけではないが、それでもおおむね満足しておる。あとは楽隠居しながら、たらいの目で人間界を眺めていこうかのう。


作品名:火曜日の幻想譚 Ⅱ 作家名:六色塔