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火曜日の幻想譚 Ⅱ

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132.蹴上がり



 小学校を卒業した、春休みのできごとだった。

 六年にわたる小学校生活を無事終えたという安ど感と、中学校という新しい環境を前にした緊張感。そんな心持ちで遊びに出かけた僕に、少し強めの春風はヒューヒューと吹き付けていた。

 夕方になり、友だちの家を出た僕は、まだどこか遊び足りない気分だった。小学生でも中学生でもない、そんな境遇から来る開放感が、気を大きくさせていたのかもしれない。もう30分だけ、どこか行けるところはないだろうか。そんなことを考えながら、帰り道をのろのろと歩いていた。
 家まであと5分くらいのところだっただろうか。突然、僕は面白そうな行き先をひらめいた。数日後に入学する中学校を見てこよう、そう考えたのだ。

「予習は大切、っていうもんな」

言い訳ができたならば、あとは早い。きびすを返し、徒歩で10分もかからない中学校へ一目散に駆け出した。


 中学校の校舎は、小学校のそれとあまり変わらなかった。だが夕方な上に未知の場所ということもあって、どこか威厳を帯びていて、威圧感が感じられた。

「…………」

正門は開いていた。春休みの、しかも夕方に門が開いていることに、僕はびっくりする。

「さすがに、入るのはまずいよな……」

そう思い、正門からフェンス伝いに校庭への道を歩いていく。夕方の校庭は閑散として、人っ子一人としていない。
 さらに校庭に沿って歩いていくと、校舎から向かって右奥、一番隅のところに鉄棒が置かれていた。小学校だけでなく公園などにも存在していて、逆上がりなどをするのに使うあの鉄棒だ。

「……でけえ」

 その鉄棒の大きさ、高さに僕は圧倒されていた。今まで見てきたどの鉄棒よりも大きくて高くそびえ立っている。僕は蹴上がりが得意だった。説明が難しいが、前方に蹴り出した足の力を利用して、鉄棒の上に上がるという技だ。僕は猛然と、この鉄棒で蹴上がりをやってみたい誘惑に駆られた。あの高い鉄棒で、足を天高く振り上げて、高い高い鉄棒の上に登る。それができたらどんなに気持ちがいいだろう、そんなふうに思った。

 周囲をキョロキョロと見回し、人がいないことを確認する。そしてフェンスをよじ登って、校舎内に着地した。さあ、目的の鉄棒まであと少し、駆け寄ろうとしたその瞬間、怒声が響き渡った。

「コラッ! 何やってるんだ!」

気付くと、ジャージ姿の教師と思しき男性が、すごい顔でこちらを見つめている。僕はすっかり固まってしまい、鉄棒の下でうなだれた。

それから20分程こってりと絞られ、ようやく僕は開放される。正門から出ていく別れ際、男性はそのときだけ優しく、
「ちゃんと入学したら、いくらでも遊んでいいからな」
と言ってくれた。

 それから少しして、僕はその中学校に入学する。案の定、男性はこの学校の体育教師だった。
 だが、先生はこの日のことを全く話さなかった。僕のことを覚えていないわけはないのに、一切おくびに出すこともなく、僕が2年生になったときに他校へ転任してしまった。

 こうして蹴上がりできる権利を得た僕だったが、このことがあってから何となく鉄棒が苦手になり、結局あの鉄棒で蹴上がりをすることもないまま、中学を卒業してしまった。

作品名:火曜日の幻想譚 Ⅱ 作家名:六色塔