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火曜日の幻想譚 Ⅱ

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133.吐瀉仏



 K県Y市のとある場所の寺。その庭の一角に一体の仏像がたたずんでいます。

 その庭は酸っぱい悪臭が漂い、誰かが嘔吐したものにまみれている状況です。しかしそれにも関わらず、この仏のご加護を求める者は後を絶ちません。
 この仏像には、次のような逸話が存在しているからです。


 昔々、この地をある大名家が治めていました。しかし、いつもたくさんの年貢を取り立てるので、民衆からとても嫌われていました。
 その大名家には、一人のお姫様がいました。大名のお姫様ですから、さぞかし美しい方なのかと思いきや、そのお姫様は太っていてあまり容貌が良くはなかったのです。ですが心はとても優しかったので、いつも父である大名のひどい行為に心を痛めていたのでした。


 ある日のこと。隣国から敵が攻め寄せてくるという噂を聞いた姫は、戦勝を願って近所のお寺にお参りに行きました。普段は父と反目していますが、戦には勝ってもらわないと領内の誰もが苦しむことになるのです。姫はその寺の仏像に祈りを捧げ、戦の勝利を願いました。

 するとその最中、何者かが姫に語りかけたのです。

「願いを叶えたくば、取り立てた年貢をこの場に吐き戻すが良い。それを百度続ければ領内の富める者、貧しき者いずれにも幸が訪れるであろう」

 姫は願い終えてから、今の言葉の意味を考えました。『取り立てた年貢をこの場に吐き戻す』? 要するに、食べたものをこの場で吐いて見せろということでしょうか。姫はあまりに想定外の指示に絶句しましたが、やがて覚悟を決めた顔つきになりました。


 翌日から、姫の涙ぐましい嘔吐生活が始まりました。なにせ、領地のお百姓さんが丹精込めて作ったお米です。ただでさえそれを吐き戻すのは苦痛なのに、その申し訳無さはいかばかりでしょう。ですが、これも皆の幸せのため。そう思いながら姫は、一日一回仏像の前に赴き、胃の内容物を吐き続けました。
 始めのうちこそ順調でしたが、そんなことを100日も続ければ人に見つかります。まず、お付きの者に見つかり、父から気が触れたのかと諭されます。父はなんとか言いくるめましたが、お次は領民に見つかってしまいます。彼らはただでさえ年貢のきつい取り立てに憤っている上に、それを無駄に吐き出している姫を見て烈火の如く怒りました。
「自分たちが収めた年貢を吐くとは何事だ!」
とみな姫に石を投げつけてきます。子どもたちもただでさえ醜いお姫様が、汚くえづいているのを見て囃し立てます。それでも、皆の幸せのため。姫はその一念で、お寺に参っては食べ物を吐き戻す日々を続けました。

 そして100日目。噂は現実のものとなり、ちょうどこの日に隣国から兵が攻め込んできました。姫は様々な妨害を振り切り、栄養不足でふらふらになった体を引きずって寺へと足を運びます。そして最後の吐瀉物を仏像の前に吐き出しました。


 合戦の勝敗は、火を見るより明らかでした。あっという間に敵兵に蹂躙され、姫の大名家は滅亡してしまったのです。

 ですが、最後の吐瀉物を吐き終えた姫は、吐き続けてスリムになったせいか見目麗しい美人へと変わっていました。それをちょうど見かけたのが、兵を指揮していた敵国の大名の息子だったのです。彼はその場ですぐ姫に求婚し、民には一切手を出さないと誓います。そのおかげもあって、領地は速やかに敵国のものとなりました。


 その後、姫は後を継いだ夫の正室として、影に日向に夫を支えたそうです。かつて治めていた領地にも善政が敷かれ、その地の領民たちも平和に暮らしました。姫の父も心を入れ替え、かつて敵だった大名の下で一家臣として立派に働いたそうです。


 今でもその仏像の元には、美しくなりたい人や痩せたい人、平和を望む人が列をなしてやってきます。しかしみな仏像の前で吐いてしまうため、お寺のほうで仕方なく仏像を庭に出しているそうです。


作品名:火曜日の幻想譚 Ⅱ 作家名:六色塔