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火曜日の幻想譚 Ⅱ

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136.現代の妖怪



 朝4時。目覚まし時計を止めて布団から出る。朝食をとり、歯を磨き、化粧を手早く済まし服を着替える。それでもまだ4時半過ぎだ。十二分に会社に間に合うことを確認して、家を出る。

 駅までの道は10分ほど。でもその途中に小学校がある。ここら辺の子どもたちが軒並み通っている小学校だ。私は周囲に誰もいないことを確認し、そっと金網をよじ登った。
 校庭に入った私は素早く行動に移る。持ち込んだラインパウダーで校庭の中央に「おはよう」と大きく書き、さらに今日の一言を添えておくのも忘れない。その後、秘密の入り口を用いて校舎に入り込み、理科室の人体模型を『考える人』のポーズにしておく。さらに家庭科室でほうれん草とベーコンがたっぷり入ったキッシュを作り、教諭全員に行き渡るよう職員室に並べておいた。
 ここまでの作業を終えると、そろそろ先生がやってくる頃だ。私は元の金網を再びよじ登り学校をあとにした。

 このような朝の日課を、もう5年も続けている。恐らくまだ、犯人は私だとばれていないはず。というより、校庭にあいさつを書き、人体模型のポーズを変更し、先生に朝食を振る舞っているだけだ。うれしいと思う人もいるのではないだろうか。

 この日課を終えてから駅につくと、ちょうどいい時間の電車がやってくる。私はいつもそれに乗り、今度は社会人生活を始めるのだ。


 ある日の会社の帰りのこと。スーパーで買い物をしていると、小学生の子どもを連れたお母さんとすれ違う。

「お母さん、今日もね。学校に妖怪が出たんだって。いつも人体模型の格好が変わってるんだ」
「あら、怖いねえ。でも人体模型の格好を変えるだけなの?」
「うん! でもね、校庭に「おはよう」って字を書く妖怪もいるし、先生に朝ごはんをつくる妖怪もいるんだよ!」
「なんか妖怪というより、いい人みたいだねえ」
「でも、姿が見えないからみんな妖怪なんだって!」
「ふーん、でも不思議だねえ」

 親子の話が聞こえてきて、私はとてもうれしかった。こんな小さい子まで私の仕業が認知されているなんて。私はうれしさのあまり、にやりと笑ってつぶやいた。
「ボク、その妖怪。今、すれ違った女の人だよ」

 よし、明日も頑張って忍び込もう。そんな思いとともに、キッシュの材料をかごに入れた。


作品名:火曜日の幻想譚 Ⅱ 作家名:六色塔