火曜日の幻想譚 Ⅱ
138.少数のために
突然の夕立ちの中、ずぶぬれでアパートに帰ってくると、なんと軒先に馬がいた。
「あ、どうも。こんにちは」
「……はい。こんにちは」
かなり気さくな馬のようで、遠慮なく話しかけてくる。こちらも快く応じたが、僕が家に入るには、馬のいる狭い通路を通らねばならない。僕は馬の前で軽くチョップのまねをして、どいてもらうことにする。
「すみません。体が大きいもんで」
「いや、立派な体格なのはいいことだよ」
そんな会話を交わしながら真横を通り抜ける。あまり詳しくない僕でも分かったが、かなり立派なサラブレッドだ。競走馬なのだろうか。
「どうしてこんなとこにいるの?」
「……最近、ウマのゲーム、はやってるじゃないですか」
「ああ、あれね」
「やっぱり僕らも、かわいくなきゃ駄目なのかって思ったら、嫌になっちゃって」
「なるほど」
「それで、厩舎を飛び出したらこの大雨です。心底嫌になりました。もう馬刺しにでも何でもしてくれって感じです」
……気持ちは分かるが、どうにもできない。だが、ここで何も言わないのは酷だと思った。
「……世の中ってのはさ、意外と変わりもんが多くてね」
「え? ええ」
「メジャーなものには、関与しないってやつも結構いるんだよ」
「そうなんですか」
「そうそう。俺なんかも、鬼をやっつけるあの漫画や、「逃げちゃダメ」なあのアニメ、一切見てないんだ」
「はい」
「だから最近俺、映画の話に加われないの。ほんと、俺のほうが鬼みたいな扱いよ」
「……大変ですね」
「そのくせ、俺の好きな漫画は1巻で終わるし、俺の好きなアニメは2期の話すら出ない。でも、やっぱりそれらが大好きなんだよね」
「…………」
「恐らく、どんなものだってそうだと思う。必ずそんな変人が少数いて、愛してるんだ」
「……そうでしょうか」
「うん、そうに決まってる。いや、決まってなかったとしても、自分という立派なファンが居るじゃないか。そしてさ、その少数の変わりもんのために頑張るのもカッコいいんじゃないかって、変わりもんの一人としては思うんだ」
「……ありがとうございます」
扉を開けて家に入る。荷物を置いて服を脱ぎ、シャワーを浴びて一息つく。ふと外を見ると、雨は上がり、馬は消えていた。
しばらくして。
テレビをつけた僕は、たまたま映った競馬中継で、件の馬が勝利しているのを見かけた。最近メキメキと頭角を現していると、アナウンサーが話していた。
「少数のために、頑張ってんだな」
彼のために、やめていた競馬を再開しようか。そんなふうに思いながら、僕は中継を眺め続けていた。