火曜日の幻想譚 Ⅱ
139.親友の行方
野口から、久しぶりに飲もうと連絡があった。
野口と私は、高校以来ずっと無二の親友だった。しかし、野口は先年事業に失敗し、多額の借金を抱えてしまった。親友としてはどうにかしてやりたいところだが、しがないサラリーマンではできることはたかが知れている。それに、こちらも家のローンや家族を抱えている。そして何よりも、お金で揉めてこの大切な親友を失いたくはない。私は、彼にこのことを手紙で伝え、彼の自力での復活に期待して連絡を絶ったのだった。
その野口が、改まって連絡をよこしてきた。これは、再起の目処がついたか、反対にいよいよいけなくて私を頼る以外無くなったかのどちらかだろう。ことと次第によっては、これでもう野口と二度と会うことができなくなるかもな、そういう思いで私は誘いを受けたのだった。
待ち合わせた居酒屋に先に来ていた野口は、最後に会った時と全く変わらなかった。そして酒肴を挟んだ向こう側で、学生時代の思い出を饒舌に語り始める。借金の方はどうなのか聞きたい私に、口を挟む暇を与えないほどだ。まあ、金の話を切り出さないということは多分どうにかしたのだろう、私はそう判断して懐かしい話に加わった。
楽しい語らいの後、店を出る段になって野口は、会計を全部支払った。
「今まで迷惑かけたからな」
と言う彼に、私は改めて彼が借金地獄から抜け出したことを確信し、ごちそうになることにした。
その翌日のこと。野口を知る友人、梅本から連絡があった。私は昨日、野口と飲んだことと、どうやら彼が無事再起したらしいことを梅本に話す。梅本はしばらく聞いていたが、私が話し終えるや否や
「いや、そんなわけはない」
ときっぱり否定した。理由を問うと梅本は、
「一昨日、野口は金策に困って首を吊って亡くなった。それを伝えるために今日は連絡したんだ」
と言うではないか。
翌日、半信半疑のまま梅本の言った場所に行くと、そこでは野口の葬儀が催されていた。
狐につままれたような気持ちで焼香を終えた私は、野口と呑んだ居酒屋に向かっていた。あの居酒屋の店員は野口を見ているはず、それを確かめたかった。居酒屋にたどり着いた私は、店員に問い合わせ、私を覚えているかと問う。
「ええ、覚えてますよ。確かお二人でいらっしゃいましたよね」
やはりと思ったのも束の間、店員から驚くべき言葉を告げられた。
「あの日、レジ内のお金があなた方の呑んだ分だけ、どうしても合わなかったんですよ。もちろんお金をいただいたのは確認してますし、単なるこちらのミスなんですが、あまりに高額なのと、額がぴったりだったので、お客さんのことが印象に残ってたんです」
それを聞いて私は愕然とし、居酒屋の店員にその日の分のお金を押し付けるように支払って店を出た。
「野口の奴、まだ金策に追われてんのか」
速足で歩きながら、この世にいるかあの世にいるかすら分からない親友の懐具合を、私は案じていた。